ま? ヤニカス勇者ルウは清楚可憐で無敵枠ですが、何か?
とある、そして全てのヤニカスに捧ぐ
○
『闇を切り裂き、光をもたらすもの。それは喫煙所におります』
「……きつえんじょ? 香水の精霊よ、勇者はそこにいると?」
「さぁ、おゆきなさい」
そう告げて、香水の精霊は聖なる泉の水底へと帰っていきました。
リュックを背負った少年――ミラは泉の精霊の言葉に戸惑いつつ、喫煙所を探し求めます。
しかし喫煙所というものがどこをさがしてもみつかりません。
ミラは喫煙所というものを見たことがありません。
森も、村も、町も、どこでもタバコを吸い、捨てることがオトナたちの当たり前でした。
それは靴底に気づけばへばりついているタバコの吸いがらが示しています。
「……汚い」
ミラはそれを拾って捨てる気も起きず、先を急ぎます。
この町に住むどこかのだれかが拾って捨てるのだから、ミラがしなくてもよいことです。
ミラはほうぼうを探してまわり、やっと喫煙所というものをみつけました。
それは町の中央にある馬車の駅そばにぽつんとある、ガラス張りの小さな建物でした。
スパスパもくもく。
スパスパもくもく。
白い煙の向こう側に、光をもたらすもの――彼女はくつろぎ座っておりました。
エルフのような長い耳。
ねじれた魔物の角。
純白と群青の美しい衣。
金糸の髪、澄んだ蒼海の瞳。
この世ならざる美貌の少女に似つかわしくない、タバコの香り。
「あなた様が勇者ですか! おねがいします! ぼくの故郷を救ってください!」
ミラは喫煙所の中に入らず、外にひざまづき、おねがいします。
タバコの煙でみえない少女の表情。
「ふー……」
スパスパもくもく。
スパスパもくもく。
吸いかけのタバコを最後まで吸い切るまで彼女は動かず、火を消して。
そして吸いがらを喫煙所のゴミ箱に丁寧に捨てて、立ち上がります。
喫煙所の扉が開くと、室内の煙がすこしもれ出て、ミラはこほこほと咳をします。
「……ま? あたしが勇者? あー異世界なんちゃらってやつ。りょ!」
りょ。とは了解ということでしょうか。
「ルウ様だけど、ま、くわしいこと聞かせてよ、なんかすぐに帰れなさそうだし」
喫煙所から出てきた途端、それは泡のように消えてしまいました。
招かれた勇者ルウがその役目を果たすまで、喫煙所はきっと現れないことでしょう。
○
まず故郷へと向かう道のり、勇者ルウは邪魔立てする魔物をこてんぱんに蹴散らします。
スパスパざくざく。
スパスパざくざく。
借り物のてつのつるぎを巧みに使いこなして、おそろしいミカヅキトラを毛皮にします。
文句なしのぶっちぎりに勇者ルウは強いのなんの。
「うわ、ざっこ。落とスターしょぼくない? もっとたくさん落としてよね」
この世界の通貨、スターを全然くれなかったミカヅキトラをふんづけながら、ふーっと勇者ルウはタバコの煙を吐きます。
リュックにここまでやっつけた魔物の落としたアイテムやスターを背負ったミラは、そのタバコの煙がイヤでした。
しかし勇者ルウはタバコをやめることもなく。
かといって勇者ルウはタバコのケムリをミラに吹きつけたりすることもなく。
吸い終わったそのタバコを携帯灰皿にしまい、往来の真ん中に倒れたミカヅキトラのなきがらも通行のじゃまにならないよう道端にかたづけ、きちんと土属性魔法ドバーシドバドバでうめています。
「ルウ様はマメなのですね、意外と」
「意外とぉー? ミラち、あたしのこと何だとおもってんの? これでも社会人だよ、異世界の」
「……タバコを吸ってるオトナはみんな他人の迷惑を考えないとおもってました」
「ま? 偏ってんね? まぁたよりにならないオトナばっかだから異世界勇者ルウ様の出番になっちゃったんだもんね、そりゃそっか」
勇者ルウはやわらかく快活にニヒヒと笑って。
「るう様ちゃあんと報酬もらってるからさ、悪者ぶっとばすところまではちゃんとやるわ」
ミカヅキトラの毛皮のしっぽをつかんでぶんまわしながら、勇者ルウは道の真ん中を歩きます。
そうやって三日間の道のりを、ふたりは順調に進みます。
道行く先で魔物をやっつけ、困っていた人達からごほうびのギフトをもらい、食料や冒険のアイテムを集めつつ、少年ミラの故郷へとたどり着きます。
途中、なんちゃら四天王とかいた気もしますが長くなるので割愛します。
とにかくラスボスのもとへ到着しました。なるはやで。
○
そこは美しい世界でした。
塵一つない、清浄なる世界。
青空と太陽の下、たくさんの美しい真っ白な彫像たちが静止した町に飾られています。
「はえー。こりゃ神殿かぁ?」
勇者ルウはあっけにとられます。
何もかもが真っ白に清められた光景は息を呑むほどの美しさでした。
まるでこの世のものとは思えません。
この世にあってはならない、天国の絵姿を、そのまま地上に上書きしたような光景でした。
「……姉さん、兄さん……」
ミラは白い彫像の下に力なくくずれおちて、なみだします。
みなまで言わずとも、察しがつきます。
ミラは愛する家族を彫像にされてしまったのです。
ここにあるすべての美しい光景が、どこにでもある町を浄化した結果だったのです。
この清浄なる世界にはもう、吸いがらひとつ落ちてやしません。
「どうする? ここで待ってる?」
「……いえ、ルウ様の荷物だけでも僕が運びます。運ばせてください」
「りょ」
勇者ルウはタバコとココロに火をつけます。
立ちのぼるケムリは、戦いの狼煙。
『不浄発見、不浄発見。ハイジョせよ』
ゴゴゴゴゴゴ。
白い彫像たちが、つまりは浄化されてしまった人々が操られるままに襲いかかります。
「はいはいショトカショトカ!」
「ルウ様、こちらを!」
ミラがリュックから投げたミカヅキトラの毛皮を受け取ると、勇者ルウは魔法をとなえて、たくさんのスターをつぎこみ、我がものとして復活させます。
ミカヅキトラの背に乗って、彫像の槍と棍棒をぴょんぴょん避けて。
勇者ルウと少年ミラは一直線にラスボスへと殴り込みにいきます。
「いやっふーうい!!」
「ルウ様! 後ろから追いかけてきます!」
「オラ出番だぞ! なんちゃら四天王!」
追撃をかわすべく、さらになんちゃら四天王が召喚されてなんやかんや奮戦します。
そこはまぁ長くなるので割愛します。ご容赦あれ。
○
土の魔法で橋をかけ、水の魔法で門をこじ開け、やってきました光の居城。
謁見の間、レッドカーペットの向こう側に待ち受けるのはラスボス。
それは白い彫像らの延長線上にあるような、白く美しい女神像のようないでたちでした。
『我が名は――運営者。この乱れた世界を正し、清め、動かし、営み、司るもの』
「ま? 運営ー? どこの運営もホントロクでもないのばっかなん?」
『汚れし異界よりの勇者よ、塵に還るがよい』
「ミリも話し聞く気ねーなぁわ-ってたけど! やんよ! ミラ!」
「はい! ルウ様!」
勇者ルウと運営者のはげしい戦いがはじまりました。
運営者の白翼が鳥の群れのように襲いかかれば、勇者ルウはいきなり左右真っ二つに割れて暗黒の渦へと葬り去ります。
勇者ルウが四体に分かれて四方八方から魔法をぶっぱなせば、運営者は光の槍を振り回して薙ぎ払ってしまいます。
一対一の戦いは、まったくの五分に見えました。
しかしじきに勇者ルウの方が疲れはじめ、負けはじめました。
「やば、タバコ切れて力が出にゃい……」
「え!? タバコって健康に悪いのでは!?」
「うるせーぽれはタバコで生きてんだよぉう!! うおおぅぅん!」
勇者ルウはがまんできず、懐からタバコを取り出して、ささっと吸おうとします。
タバコが健康に悪いのは事実ですが、それはそれとして、タバコがないとやる気がでない人だっているのです。
『屋内禁煙!』
しかし光の居城の柱には、あらかじめ禁煙の結界が張ってあったのです。
「ぐっ、禁煙のところではぽれタバコ吸えない……っ!」
勇者ルウはタバコに火をつけきれず、どんどん追い込まれてしまいます。
「酒。タバコ。ギャンブル。悪徳のはびこる愚かな町を、我は正しました。いずれも清浄なる世界には不要なものです。そこな少年、あなたもそうおもっているはずです。我が汝を見逃したのは、あなたはまだ悪に染まっていない純心なこどもだったからです」
「それは……」
「汚れた町を正し清めたいと願い、我を呼んだのは貴方ではありませんか、ミラ」
「ま!?」
驚くルウ。しかしすぐに。
「じゃあ自分の火ぃつけたタバコは自分でゴミ箱に捨てないとね、ミラ!」
その一言に、ミラは決断しました。
一直線に走り、そして『屋内禁煙!』の結界を破り捨てたのです。
「ミラ! えらち!!」
『愚かな! 絶対のルールを破るなど!』
「ルウ様! 今です!」
カチッ。
煙草の先に、火が灯ります。
スパスパもくもく。
スパスパもくもく。
おだやかに一服して、白煙をふーと吐き、勇者ルウは蒼海の瞳をかがやかせます。
「ぬんっ」
そして頭の両角を引っ剥がして、その角を柄にして、、白煙を刃にして――。
二対の剣を手にしました。
「ルウ様! それはまさか……闇を切り裂く伝説の勇者の剣、ヤニカスレイヤー!?」
「ま? え、名前ダサ」
『ヤニカスレイヤーだと、バカな。仮にそうだとしても、闇を切り裂く剣に、光の化身たる我に何の意味があるものか』
「“闇”雲にルール押し付けてるからいけんじゃね! あたしが知るかよバーカバーカ!!」
光の槍と白煙の双剣。
しかし光の槍は剣を払い、勇者ルウを貫いたのです。
そして勇者ルウはそのまま消えてしまいました。そう、まるで煙のように。
『これは……!?』
「死ねやオラァァァァァァっ!!」
卑怯千万。
煙草のけむりにまぎれ、分身を身代わりにして。
勇者ルウは運営者の白い巨体を、真後ろから斬り伏せていたのです。
それは一撃にとどまらず、何度となく。
スパスパざくざく。
スパスパざくざく。
白煙白刃、乱れ咲きでございました。
「ぷはぁー、ちかれた」
そして角砂糖の山が崩れ落ちるようにして、運営者は滅びました。
ふたりの去った光の居城に残るのはただ、煙草の嫌な残り香のみでした。
○
元通りになった町だとか、家族の感動の再会だとか。
そういうものを見届けることもなく、とっととルウは喫煙所へ戻ります。
それが元いた異世界へともどる合図かのように、煙草に火をつけようとする。
その時に、まだ涙も乾ききっていない様子のミラが駆けつけました。
「ルウ様! もう行ってしまわれるのですか!」
「ごめんねーもう枠閉じなんだわ。別にあたしあんたの親でも恋人でもねーし」
「そうですけど!」
「感謝もお礼も聞き飽きたし、湿っぽいの苦手なんだわ。んじゃーね」
勇者――。
いえ、さっきまで勇者だったルウはさわやかに笑います。
今はもう、ただの清楚で可憐な美少女喫煙者です。
「……ぼく、あなたをまねて煙草を吸ったりはしないとおもいます」
「いいよそれで。こんなん吸っても肺が真っ黒になんよ。やめとけやめとけ」
「でも――あなたに憧れても、いいですか」
「ま? そりゃいいおみやげもらったわ、帰ったら自慢しよっと」
火花カチカチ。
煙草もくもく。
ぷはーと一息つきますれば、彼女は煙のように消えてしまいました。
数年後、その町にはいくつかの喫煙所ができました。
酒も、煙草も、ギャンブルも、すこしは減ったそうですが、全てはなくなりもせず。
ただし道端に落ちている吸いがらだけは、めったに見かけないのだとか。
-fin-
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よいこのみんな! 喫煙は自己責任! ルールを守って楽しくヤニカス!




