かげでいうから、かげぐちなのにね
みんなのために学校を楽しくするんだ、やりがいがあるだろ?
部活動をやっていないのは、その時間が無いからなのに「部活やってないんだから、生徒会役員でもどうだ?」そんな風に言われて「学校を楽しくするのはおもしろいかも」って思ってしまった。
そんな僕は、今、さほどやる気の無い生徒会の先輩方に向けて、生徒会役員のキャラクター作りをプレゼンしている。
先輩方、早く話をすすめてください・・。
さっきからダラダラと、いや、のらりくらりと、堂々巡りの話し合いが続いている。
おい、お前ら、もうちょっと生き急げよ。
約束の時間まであと3分。校内、全速力で間に合うギリギリのところ、いや、無理か。
「いいよ、コウくんのアイデアで進めて。」
そんなんでいいなら、もっと早く結論出せたでしょう。
無駄にもったいぶるのは、それでしか権威付けができないから?
そんな意地悪な上から目線なことも思ったけれど、まずは待ち合わせというか呼び出しというか、そこへ行くのが先だ。
僕は生徒会室を飛び出した。
階段を駆け下りて、廊下を爆走する。
生徒会室と中庭をはさんで向かい側の棟にある第一特別教室は、同じ4階にありながら廊下でつながってはいない。3階の渡り廊下を走るときに、斜め上、4階の廊下の窓際にボチさんが見えた、と思ったら、きびすを返して離れた。
ヤバい・・・。
階段を駆け上がり、廊下の角をまがりながら、ボチさんの姿は見えていないけれど、とりあえず叫んでみる。
「せんぱ~い、すみませ~ん、遅れました~。手紙、僕だってわかりましたぁ?」
ボチさんは、廊下の真ん中に、正面を向いて、眉根にしわを寄せて、口をへの字にして立っていた。
「呼び出しておいて・・・遅刻なんて・・・サイテーですよね・・・すみません。ほんっとにすみません・・・」
「・・・用件は」
当たり前だけど、あきらかに不機嫌だ。交渉する前から、ダメが見える。ここは、ストレートにさくっと攻めて、すぐに引くか・・・。
「生徒会のキャラクターデザインをお願いしたいんです。生徒会長からはOKもらってます。先輩の画力でぜひ、僕たち生徒会メンバーの似顔絵っていうか、キャラクターを書いてもらえないかと・・・。」
廊下が薄暗くて、表情はよく見えないけど、困惑した沈黙、だと思う。
「あ、生徒会のメンバーの似顔絵でキャラは動物で。スケッチブック、ちょっと見えちゃったんですが、こんな雰囲気でお願いしたいな・・と・・・。」
すぐに断らないってことは、いけるってことか?
「ぜひ、ボチさんの力を貸してください。」
そのとき、隣の教室から、突然、人が飛び出してきた。
**********
「ちょっと、その言い方。カマチさんに失礼だよ。」
ボチさんの後ろのくらがりから、突然、ユイちゃんの声がした。
「ひっ!」
同じ学校にいるから、バッタリ会うことがあっても不思議では無いのだけれど、このタイミングで突然ユイちゃんが現れたことには、脳が止まるほど驚いた。
しかも、ユイちゃんは、何かに怒っている。
「私たちがカマチさんのことを、ぼっちって呼んでるのは、もちろん、ダメなことだってわかってる。わかってるよ。でもね、本人に直接言うのは、もっとダメ!絶対ダメだと思う。」
ユイちゃんは、確かに怒っている。義憤に燃えているというべきか。
その怒りに呆然としながら、僕は、ボチさんがカマチさんという名前だと、ここで知った。
そして、ボチさん改めカマチさんが、「ぼっち」と呼ばれていることも、おそらく呼ばれるからには、そうであろうということも。
脳が止まっていたからかもしれないけれど、僕は、言わなくてもいいことを、言ってしまった。
「え、あれって、ぼちって読むんじゃないの?」
この瞬間の僕の発言によって、ユイちゃんは自分の過ちに気づいたに違いない。
ユイちゃんの顔は、薄暗くてよく見えないけど、きっと、自分たちがカマチさんのことを「ぼっち」呼ばわりしていることを、本人に向かって堂々とバラした罪に、おののいているはずだ。
気まずい・・・。
「ぼっちは本当のことだから、気にしてない。」
ぼそりと、ボチさん、もとい、カマチさんがつぶやいた。
「タナカさんには、体育のとき、いつも世話になってるし。」
そう言いつつも、カマチさんは、ユイちゃんに背中を向けたままだ。
こんなときに、なんて言ったら、スマートかな。僕のヨーロッパ紳士体験でも、ここは乗り切れそうな気がしない。
日本の空気は、読むのが難しいんだよ・・・。だから
こんなときは、東京湾から上がってきたゴジラの気持ちになるべきだ、と決めた。
「いやぁ、姉ちゃん、いい所に。姉ちゃんからもお願いしてよ。今、生徒会のPRに使うキャラ、カマチさんに描いてもらいたくって、頼んでたんだ。」
これ以上ないくらい、明るく脳天気に朗らかな僕。今起きたコトなんて、何も気づかなかったってふりをする。
ユイちゃんは、慌てふためいていたけれど、おろおろとしゃべった。きっと、何か言わなくちゃって思ったんだろう。
「ごめん・・・カマチさん。・・・ごめん、本当にごめん。ぼっちって呼んでるの、ごめん。」
いや、それかぁぁぁあ。今、それじゃないだろぉぉぉぉ。
ユイちゃんは、真面目で固くて、頑固で誠実だ。
9年前、僕らが初めて会ったときも、僕が「ユイちゃん」って言うたび、「お姉ちゃん、です」って、訂正し続けたっけ。
「ぼっち、ぼっち言われても。」カマチさんの言い分はもっともだ。
ユイちゃんの義憤にまみれた暴走をスルーして、僕はカマチさんへのアプローチを続けた。
「すぐに返事もらえなくていいです。僕、次に生徒会に顔出すの来週になるから、その時、いっしょに生徒会室に行って、生徒会の人に会ってもらえませんか?」
絶対、断るよね。
「何曜日?」
え、来てくれるの・・・?
「火曜なんですけど。」
「・・・田中さんに、返事するので、いいかな。」
「あ、あ、よろしくお願いします。・・・姉ちゃんも、いいよね。」
黙ってそこに立っていたユイちゃんの表情は見えなかったけれど、「いいよ」という声は、暗かった。
「スケッチブック、返して」
カマチさんが言って、僕はあわてて手渡す。
意外なくらい優しく取って、カマチさんはそのまま僕の横を通り過ぎて階段に向かう。
ぼすっ、ぼすっ、と体のわりに大きく響く足音を残しながら。
後には、僕とユイちゃんが残った。




