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ぼっち、正義を貫く  作者: 胡人
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「できのよいおとうと」からの預かり物を渡すだけ

 家に同じ制服が2人いるのは、なんとなくもやっとすること。

  

 もちろん制服やブラウスを間違えるからではなくて。だって、うちの学校の制服は男女で同じ形と見せかけて微妙に違うから。衿の大きさとか、ネクタイの長さとか、胴体の絞り加減とか。


 しかも、弟は身長187cm、私は153cm。30cm以上違うと、人種が違うと痛感します。

 

 弟は誰が見てもおそろしくイケメンで、私もかわいいって言われるけれど・・・、それはチクリと痛い。

 

 もやもやの原因は、一緒に登校することを必死に回避しているからだと思う。


 早起きが苦手な私が4月からは1時間半早く起きて、これまでよりも8本早い電車に乗って、一度も出たことのなかった朝練に皆出席している。

 上級生になったから、上手い子が入ってきたから、セクションリーダー目指してるから、いろんなことを言われているのは知っているけど、どれも間違い。


 最も自然な、一緒に登校しない方法が、これだっただけだから。

 

 なんで私が早起きする側にならなければならないの、ゆっくりのんびりするのが好きで、別にそこまでクラリネット上手くなりたいわけじゃない私が、心入れ替えたって言われても別にぜんぜんうれしくないのに・・・ってめちゃめちゃもやもやする。

  

 もやもやもや・・・確かこういうの睡眠負債って言うんだよね、ネットで見た。頭の回転が悪くなって物覚えが悪くなるって、今以上にそんなことになったらどうしてくれる。

 

 あ~ぁ、弟が受験するって言ったときに、なんでもっと反対しなかったんだろう。お母さんが、ほんとにいいの?って言ったときに、どうして、ほんとは嫌だって言わなかったんだろう。いいよ、受験しても合格するって決まったわけじゃないし・・なんて、そんなの合格するに決まってた。弟は私と違ってものすごくデキる。

  

 私が必死で塾に通って3ヶ月で48万円つぎ込んでもらって合格した学校に弟は飄々と合格して、私たち姉弟は4月から同じ高校に通うことになって、最近、家の中では常に険悪な気持ちで眉間にしわが寄ります。高2で眉間にしわが刻まれた女子は、どんな大人になれるでしょうか。

 

 そんなことを思いながら玄関で靴を履いていると、起きたばかりの弟が二階から降りてきた。 


 「姉ちゃん、もう行く?」

 

 ぼさぼさ頭にジャージの上下、この姿をキャーキャー言ってる部活の女子に見せてやりたい。


「渡してほしいモノあるんだけど。これ、姉ちゃんのクラスのボチさんって人に。」

 

 伊勢丹の紙袋をさし出されると思わず持ってしまう姉、それが私だ。

 

 ずっしり重いじゃない。

 袋の口から、数学の教科書と問題集と英語の問題集と世界史の資料集と大量のクシャクシャの紙が見えた。名前が書いてある。


「じゃ。」

 

 弟はのんびりと二階へ戻って行った。

 

 おいっ、背中にバック、肩からクラリネットケース、左手に弁当バッグ、右手に紙袋。どうやってこのドア開けるんですかっ。そう思っていたら、ドアは自動で開いた。朝の水やりを終えた母だ。

 

「あら、今日は荷物がいっぱいね。気をつけて行くのよ。」

 帽子にエプロンにゴム手袋の母に見送られた。秋咲きのバラの、濃い匂いがした。


 同じクラスのカマチさんは、いつもギリギリに登校する。

 朝は担任が教室へ入るよりも先にはいれば遅刻にはならないルールだけど、カマチさんはいつも担任に追い立てられながら教室へ入る。

 

 追い立てられていても決して走ったりしない。

 担任は、ほら急いで、とか騒がしくて、その声は姿が見えるずっと前から聞こえてきている。

 

 でも、カマチさんは大物だから、無言で、急がないでやってくる。

 

 教室のみんなはその頃には机の上に何か開いて勉強している。たいがいは家でやってこなかった予習やら課題やら。

 

 背が低いカマチさんは背中にしょったバックに虐げられた状態でよろよろと教室へ入るから、机にぶつかりながら自分の席に行く。

 みんながちょっとずつ嫌な顔をして、筆箱とか、開いていた参考書とか押さえていることには、たぶん、ぜんぜん気づいていない。


 ていうか、そんなことはきっと、どうでもいいんだと思う。


 そんなわけで、カマチさんに話しかける人はいないけれど、陰口を言う人はいるので、呼び名は必要になり、カマチさんは、ぼっちって呼ばれている。



**********



 いつもお弁当を一緒に食べる3人組で、カナちゃんの好きなTikTokの話に相づち打って盛り上げてるうちに、10分でサンドイッチを食べ終わった。

 弁当バッグを机の横にかけて、私はできるだけ自然に伊勢丹のバッグに持ち替えて立ち上がった。


 教室内での伊勢丹は正直きついよね。


 背中には2人のゆるやかな視線を感じる。


 このまま近づいていったら、たぶん2人とも、どんどん目力上昇だよね。

 もちろん私もどうやって渡すかは、いろいろ考えた。でも、誰とも話をしない人と2人きりになる方法なんてお手紙交換しかなくて、高校生になってそんなことをしたら、それこそおかしな人でしょう。


 弟のせいで、おかしな人からおかしな人だと思われるなんて不本意以外の何モノでもありません。結局、こうしてさりげなく渡すしかないんです。できるだけさらりと力をぬいてさわやかに。


「カマチさん、これ、預かってきたから。」


 微笑むでもなく、冷たくもなく、ちょうどいい温度で言い切った。

 ふわりと向きを変えた瞬間に弁当友達の驚いた顔が見えたけど、そのまま自分の席へ行って数学の教科書とスケッチブックを準備、2人に近づいて、微笑みながら言ってのける。


「今日、数学あたってるから答え書きにいく。先に行ってるね。」

 

 言い訳は、これからゆっくり考える。私は、次の授業の特別教室へ行った。



**********



「ねぇ、ぼっちに、何、渡してたの?」


 ほら、来た。ストレートに切り込んでくるのは、カナちゃんのほう。私は、できるだけさりげなく、黒板に数式を書く手を止めることなく、息を整えた。


「預かりもの。渡してって頼まれた。」


 見てないけど見える2人の目配せの間、黒板にチョークのあたる音がメトロノームのように響いた。次はどう来る?


「じゃ、ぼっちの家と、ゆいちゃんの家って、知り合いなんだ。」


 やわらかくまとめてきたのはリナちゃん。ありがとうリナちゃん、そういうことにさせてもらいます。


「私もよく知らないけど、お父さんの会社つながりかな。」


「そうだよね、伊勢丹だもんね。」


 カナちゃんの素早い切り込みが炸裂した。やっぱり伊勢丹は目にとまったらしい。ま、私も誰かが教室にあのバッグを持って入ってきたら、見てしまう。でもきっと、何も言わない。


 ーーーここまでかな。


 私は、すでに書き終えた答えを、一生懸命に見直すポーズをとった。話しかけづらい真剣さを演出していると思いますが、どうでしょう。


 正直に言うと、知恵袋にきいた答えだから何を書いているかは、自分でもわかっていないんだよね。だから、一行とばしてる時もあって危ない危ない。


 2人は、私に興味をなくして、たぶん、トイレに行ったと思う。校内禁止のスマホは一般人はトイレで見るんです。カースト下層民の私たちは一般人。


「誰から預かった。」


 不機嫌そうな声が聞こえた瞬間に、隣で数式を書いていた須藤君が振り返るのが見えた。私はとっさに、今この瞬間、教室に何人いるかを確認した。須藤君と私とで3人。須藤君なら大丈夫かも。


「弟から。」


 目があったまま2秒の沈黙。彼女はぷいと振り向くと自分の席へ行った。


 この教室は、数学と世界史の授業のときだけ使う。といっても数学も世界史も毎日ある。

 ちょうど真ん中の列の、前から3列目の席が彼女の席。

 

 教壇から見ると、教室の真ん中の、そこは、ブラックホールのように特別に見えた。



********** 



 黒板に向かって立っている、あれは田中優衣だ。このクラスになって7ヶ月目、クラスメイトの名前はほとんど知らないが、田中優衣は知っている。


 体育の授業で2人組をつくると、人数は偶数なのに、なぜか私は余る。

 気まずい時間が流れ、体育教師が何か言おうと口を開く、その瞬間に動くのが田中優衣だ。


「一緒にやろう、蒲池さん。」


 パタパタと走り寄ってきて小声でささやく。こんなに気まずい時間が流れた後で笑顔なのは、大したものだと思う。


「タナカです。よろしく。」


 田中優衣のグループは3人組で、彼女以外の2人は、部活が同じなのか電車が同じなのか、毎日一緒に帰る。そうなると答えは明白だ。

 それなのに彼女は最初から私と2人組になることはしない。気まずい時間を経てから近寄ってくる。

 週に2回の体育の授業で毎回それを繰り返すことの理由は何か。

 そして毎回自己紹介をするのはなぜか。


「タナカです。よろしく。」


 それくらい、私が「ぼっち」であることは犯しがたいのだろう。


「弟から。」 


 そう言ったときの田中優衣は、珍しく笑っていなかった。それどころか、唇が不服そうに、とがっていた。

 今もそうだ、教壇の上から、ちょっとアゴをあげて私を見下ろしている。


 いいのか田中優衣、口角の上がっていない顔を、人に見られても。

 

 ついさっき、田中優衣が近づいてきたときには不意打ちをくらって驚いた。渡された手提げ袋には、もっと驚いた。

 思わず、声が出た。


「あ、どうも、すみません。」


 なんで、謝ったのか、ここはありがとうだろう、と後から思ったけど。


 袋の中には、昨日、廊下でぶちまけた教科書や問題集が入っていた。クシャクシャのプリントがきれいに揃えられている。


 ・・・スケッチブックは入っていない。



**********



 昨夜、蒲池莉子は、寝ないで考えていた。

 正確には、眠れなかったのだ。

 

 自分の教室の机の中も、特別教室の机の中も、どっちも無茶苦茶にモノであふれていた、だから、スケッチブックを置き忘れたりしたんだ。

 

 りこちゃんは整理整頓が苦手かな、身の回りの片付けをしましょうね。小1から通知表に書かれてきたことをスルーし続けた自分を珍しく呪った。

 

 そうだよな、起きてから考えても仕方がないけれど、誰が使うかわからない机の中に忘れるなんてどうかしてる。見てくださいって言ってるようなものだ。

 そうだよなぁ、いや、これまでにも見た人がいるのかも・・・。

 とにかく、あいつが中を見たことは間違いない。


 「せいしゅんのあるべきすがた」

 ・・・誰なんだろう、どこまでバレたんだろう・・・。

 

 明日、学校行きたくないよぉ、結局そこだ。

 だけど、明日行かなかったら、解決するか。いや、しない。しないよね。

 グルグルグルグル、答えなんか、そこにはなかった。

 

 目覚まし時計が鳴ったとき、いつの間にか机に突っ伏していて首が痛かった。


 体中がゴリゴリいったけど、ボサボサの髪をテキトーにゴムで一つ縛りにして、昨日から着たまんまの制服で、中身なんか入れ替えたことのないリュックを再び背負って家をでた。


 いつもよりもさらにギリギリだけど、もう急ぐ気にもならない。さわやかな秋晴れとは裏腹に、足取りは重かった。 

 

 ところが、問題が思いがけない方向へと進んでいることだけは確かだ。

 そうか「せいしゅんのあるべきすがた」は、田中優衣の弟なのか、あんまり似ていないが。

 

 どちらかというと小柄な田中優衣は、二重で目が大きくて鼻が小さくて、いつも口角があがっている。

 二つしばりで前髪をピシッとピンで止めているのは吹奏楽部員だから。放課後になると同じ髪型の女子が楽器を持ってゾロゾロ歩いているから間違いない。


 男子から人気があるのを知っているか?田中優衣。

 

 目立つグループの強気女子といつも楽しげに話をしている男子の多くが、陰では田中優衣がかわいいと噂をしているぞ。

 

 私が教室で一人で本を読んでいると、盗み聞きをするまでもなく、目の前で内緒話が始まる。

 生理痛がひどくて体育をさぼろうと教室にいたら、男子全員が着替え始めて、そのまま着替え終わって出て行ったこともあった。

 空気のような軽やかな存在である私は、こうして教室内の様々な情報に精通しているのだ。

 

 目立たないけど、NO.1だというのが、田中優衣に対するクラスの男子の評価だが、今、黒板で数式を書いている男子は

「目立たないなんてとんでもない、部活ではすごいんだ」と力説していた。

 

 もちろん彼は今、そんな様子をおくびにも出さすに隣で数式を書いているが、実はその背中からは何か話しかけたいオーラがでている。

 

 しかし、残念ながら、田中優衣は私の知らない何かでいらついていて、君のことは無視しているぞ。

 いや、私の知らない何かではなく、私に渡したあの紙袋が彼女に渡ってここに運ばれるまでの全てにいらだっているのだろう。

 

 田中優衣は、昨日のことを、知っているのかな。

 


**********



 スケッチブックのことを知られたら、おしまいだ・・・。

  

 蒲池莉子は黒板に出て説明をしている田中優衣を見ながらそう思った。


 説明といっても、黒板に書いたとおりに読み上げているだけだが、見守る40代数学教師、確か正木という名前だ、の目線は、アルパカのように穏やかだ。

 田中優衣に満足している顔で、草を食むように、たたずんでいる。 

 

 おまえは本当に自分で解いたのか丸写しは学力にならないぞ、って、先週は、私にスゴい剣幕で怒鳴ったが。人間、かわいいと得をする、僻んでいるわけじゃない、これは世界の真理だ。

 

 今日は、スケッチブックがない。なのに、あの正木っていう数学教師の似顔絵を描きたい、そう思ったら、条件反射で机の中に手を入れていた。

 

 指先に紙があたった。取り出すと、折り紙の要領で折られている。小学生のときによく教室の中を回っていた手紙だ。

 

 ぼちさんへ・・・?


 「へ!」

 

 見た瞬間、思わず声がでた。左隣の席から緒方里奈が、ちらりとこっちを見る。黒板の前の田中優衣も一瞬止まった。教師正木は、なんだ?という顔になって教室の中を見るともなく見回した。

 

 ヤバい・・・。

 

 前を向いたまま身じろぎもしないでたたずむこと3秒、何事もなく再び時計は動き出した。

 

 カリカリというシャーペンの音がする、早く写し終えないと黒板が消されてしまうから。思えば高校の一日は写経作業の連続だ。脳は疲れないが、肘から先には乳酸がたまる。

 

 田中優衣と教師正木の穏やかなやりとりが続く中、スゴい速さのカリカリ音に囲まれている今ならきっと大丈夫だ。私は机の下でそっと手紙を開いた。

 

 『スケッチブックは預かっています。今日の5時に第一特別教室へ来てください。』

 

 書道何段ですかっていう美文字で、A4のアイボリーのルーズリーフに、それだけ書いてあった。

 

 放心していると、説明を終えた田中優衣が席へ戻ってきた。

 私の横を通り過ぎるとき、ふわりと風がふいて、紙は田中優衣の足下に落ちた。

 慌てて拾おうとする私よりも早く、田中優衣は自然な動きで拾い上げて、机の上に戻してくれた。

 ただし、目は紙から離さない。


 またしても、口角は上がっていない。

 

 黒板では、男子が説明を始めた。


 田中優衣が、じっと、私を見つめている気配を感じた。



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