顔を知られて生きれる時代
辛く厳しい世の中になってしまった。
最近人気のハードルが下がり始めている。
少し前、スーパーマーケットで買い物をしている時だった。
前に並んでいた客がレジに来た時、恐ろしい光景を見た。
「あれ? お客さんもしかして、人気ダンサーの方では?」
「あれ……知ってますか?」
「ええ! あの人気ダンサーのダンスマンUさんですよね!」
「ええそうですよ」
「やっぱり! キレの良さは誰にも負けないダンスマンUさん!」
「やめて下さい恥ずかしい」
「ダンスマンUさんには、これらの商品、僕が全額負担します!」
「いやいや大丈夫大丈夫です」
「いや! これは僕の気持ちですから!」
「……そうですか? じゃあお言葉に甘えて」
この光景を見た時、最初は有名人だからこういう扱いをされるのは当たり前かと思ったのだが、後で『ダンスマンU』と言う人物をSNSで調べた所、あの人が出て来た。
しかしフォロワー数は九十一人、人気ダンサーにしては少な過ぎるのでは無いか。
詳しく調べても、アカウントを変更した様子は無かった。
あの店員は、これだけのフォロワーしかいない人に、商品を全額負担すると言う大サービスを提供したのである。
あれがファンと言うものかと納得しようとしたのだが、もしあれが認められると言うのであれば、ほんのちょっと人気になっただけで大サービスが受け放題では無いかと思い、納得は出来なかった。
今は僅かな人気しか無い人でも、大物扱いをされる時代なのだ。
これでは無名の人があまりにも不憫だ。
まあ、私も無名の人なのだが。
仕事の帰り、食事を購入しようとあのスーパーマーケットに行き、レジに行く。
「あれ……お客さん……誰ですか?」
「はい?」
「あの……SNSとかで……全然顔を見かけないんですけど……」
「何言ってるんですか……私は別に人気では……」
「商品を戻してお引き取り下さい」
「いやちょっと……ちょっと何を言ってるんすか?」
「お引き取り下さい! ここは貴方みたいな人が来る場所ではありません」
「……おい」
「すみませんお願いします!」
店員がそう言うと警備員のような人達が三人来て、二人は私をスーパーマーケットから追い出し、一人はカゴに入っていた商品を戻しに行った。
「ふざけるな! どうかしてるぞ!」
一体どうなっちまったんだ、店員の言っていた言葉から察するに、私をSNSで見かけた事が無く、全く知らなかったから追い出した、と言う事であろう。
とうとう人気の人への優遇だけでなく、無名の人への虐げが始まったのか?
いや、流石にそんな事、始まるはずが無い。
コンビニだ、近くのコンビニに行こう。
「あんた誰っすか?」
「おい……もうやめてくれ……どうしてそんなに虐げる?」
「いやどうしても何も、あんたの顔知らねえから、あんたろくにSNSやってないっしょ? 駄目だよ? 今の世の中はSNSで顔が知られて初めて生きれるの、人気になって出直して来いよ、おっさん」
本当に辛く厳しい世の中になってしまった。
SNSで顔が知られて初めて生きられる? てことは俺も、SNSで顔を拡散しないといけないのか? そうしないと生きられないのか? そんな世の中とても考えられない。
もう限界だ……。
仕事はクビになり、食料調達も出来ない。
少しでもSNSで顔を拡散し、ファンを身につけなければ、人として扱われない。
しかしSNSで人気になる方法なんて……そうだ……ダンスだ。
キレの良いダンスの動画を投稿すれば少しは人気になって……あの人……ダンスマンUのレベルにまではなれるはずだ。
私もやってみせる、無名の人を脱却してみせる。
何とか今流行りの楽曲に合わせたダンスをひたすら踊り、それを撮影し、SNSにアップした。
腰や膝などをことごとく痛めたが、それなりにキレの良い動画が沢山撮れたと思っていた。
しかし努力は一切報われなかった。
中年男性が汗を流してダンスをする動画は、想像以上に再生されることが無かったのだ。
個性とは、実に意地悪なものである。
これ程までに屈辱感を味わったのは初めてだ。
あのダンスマンUよりも私は人気を得ることが出来なかったのだ。
貯金があると言うのに、ほぼほぼホームレスのような生活を強いられている。
こんな異常な世の中……もう嫌だ……。
若者でごった返す事で有名な街にやって来た。
「今! この世の中は! 顔を知られないと! 人としての扱いが! 一切されません! いくらお金があろうと! 何もさせてもらえません! 食べる事も出来ず! 働く事も出来ず! 顔を見て! 知っているかいないかだけで! その人の人生を! 決めてしまうのです! 私は! 必死に人気になろうとしました! しかし! 叶いませんでした! 人気が無いからと言う理由で! 私は! 今! ここで死にます」
渾身の叫びを終えた瞬間、突然若者に止められた。
「離せ! 私は人気じゃない!」
「もう人気だよ! おっさん」
その若者は、あの時のコンビニ店員だった。
私は若者に抱き付き、嘘泣きをした。
周りにいた人達は、拍手をし始めた。
私は若者にこっそりと言った。
「安心してくれ……死ぬ気なんか全く無いから……」
これで、私の顔はインターネット上に出回るであろう。
それにしても、こんな事をしないとまともに生きられないとは……辛く厳しい世の中になってしまった……。