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プロとしての風格


 撮影が始まると天音さんはスイッチが入ったように雰囲気がガラリと変わる。

 俺はそんな彼女を見て自分が代役とはいえ、如何に軽い気持ちでこの場に立っていたのかを思い知らされた。


 上手く出来るかは分からないけど、出来る限りのことはしないと……

 天音さんに迷惑をかけるわけにはいかない。


 密かに心の中で自分に喝をいれる。


 それから、俺は後半戦からも姉さんからのアドバイス通りMVの時をイメージして撮影に挑んだ。


「それじゃあ今度は背中合わせでお願いします」


 背中合わせ?

 もしかして刑事ドラマとかでよく見るやつか?


 なんか無駄にカッコイイよな、アレ……

 俺は互いに拳銃を構えて背中を預けるとあるドラマを連想していた。

 

 しかし、実際は想像していたものと少し違ったようだ。

 まぁ、そうだよな……


「葵さん、その、よろしくお願いします」


「はい……」


 そして天音さんと俺は互いに横を向いて、背中が当たるか当たらないかの距離で地面に座る。それから指示通りに片足を伸ばして、カメラから遠い方の足を曲げて軽く抱え込んだ。


 そこに絶妙な感じのライトが照射され、カメラマンが角度を微調整していく。


 そんな中、俺はほんのりと感じる天音の体温に少しだけドギマギさせられていた。

 ここまで背中を近づけていたら触れていないにしろ、温もりを感じてしまうのだ。


 正直、彼女いない歴=年齢の俺にはかなり荷が重い。


「二人とも、もーちょっとくっついてもいいんじゃない?」


 そしてそんな時、外野から声をかけてきたのは何故だか姉さんだった。

 ニヤつきを隠せていないことから絶対に今の状況を楽しんでやがる。


 しかし、姉さんに従順な天音さんが少し俺の方へと体を密着させてきた。

 今度はスレスレではなく、完全に触れている。


 ちょっ、ちょまっ——!!


 やばい、心臓がバクバクいってるんだけど……

 これ絶対、天音に伝わってるだろ。


 しかし、そうやって不安になる中、俺はあることに気付いた。


 自分の心音とは違うリズムで、何かが激しくトクトクと動いてるように感じるのだ。


 あれ? もしかして天音さんも俺と同じように緊張してるのか!?


 いや、きっと気のせいだと思う。

 だってあの天音さんだそ。なにせクラスの男全員を一刀両断するくらいの女性だ。

 だからこんなことで緊張するなんてことはないと思う。


 今、俺が感じてるこの心音は、多分、全て自分のものだ。

 平常心を保ててないから、少し感覚が鈍ってしまっているだけなのだろう。


 それに例え彼女が緊張していたのだとしても、それは俺にじゃなくて、この撮影自体にに決まっている。


「それじゃあ、撮っていきますね。

 目線だけこっち向けて貰っていいですか?」


 俺はなんとか表情を取り繕ってカメラの方を見た。


 未だに心臓は落ち着いてくれない。

 ああ、俺の心臓もつかなぁ……




「いやぁ、いい!

 これは間違いなく売れる!」


 全ての撮影を終えた安藤さんはホクホク顔でそう言った。


 俺はその様子を伺いながら密かに安堵のため息を吐く。


「二人とも、今日は本当にありがとうございます。助かりました」


 それから安藤さんは天音さんと暫くの間話していた。

 今のタイミングで連絡先の交換とかをしてるのかもしれない。


 視線は多数感じるが俺の方に誰かがくる気配がないのは、姉さんのおかげか、それとも単に魅力がないだけなのか分からなかったが、寄って来られても困るので正直有り難かった。


 ホントに哀しくなんてないからな。



 俺が天音さんの様子を少し離れた場所から見ていると、姉さんがこちらに寄ってくる。


「碧、今日は本当にありがとね……

 それで初めての撮影はどうだった?」


 姉さんは少し周りを気にしながら、声のトーンを落として喋りかけてきた。


「無事に終わってかなりホッとしてる」


「フフッ、碧らしい回答ね。

 雪ちゃんが今こうして、生き生きとした表情で居られるのは貴方のお陰なんだから、もっと胸を張りなさいな」


「別に俺は大したことしてないさ。寧ろ何度か撮り直しをさせてしまって迷惑をかけてたしな」


「まぁ、そこは初めてなんだから仕方ないじゃない。

 私はかなり才能あると思ったわよ」


 またまたそんなこと言って煽ててくる……姉さんにからかいぐせがあることぐらい、とうの昔に俺は知っている。


「いや、割と本気なんだけど……」


「まぁ、例え姉さんが本気でそう言ってくれてるのだとしてもこういう仕事は俺には向いていないさ。

 だって生半可な気持ちで出来ることじゃないだろ?」


 そう、俺には天音さんのような強い気持ちがない。

 音葉の時はまだ、彼女が強く望んでくれたこともあって二人の作品を完全させようと意気込んでいた。だが、このモデルの仕事に関してはあくまで代役……そこまでの強い気持ちがあるかと言われれば正直、首を傾げてしまう。


「それもそうね。

 私も結構苦労してきたし……」


 姉さんは昔を思い出すように虚空を見つめた。


 そういえば、姉さんはプロとして活躍してたんだよな……

 働いてるとこ見たことないから、まだあまり実感はないけど。

 天音さんが姉さんを尊敬する姿からも想像出来るが、今日見た彼女よりも洗練されてるのだろう。


 是非ともまた今度、仕事場に乗り込んでみたいものだ。


「それでこの後、どうするつもり?

 私のオススメとしては早めにここから退散するべきね」


「別にそんな急ぐことでもないだろ」


「いやいや、碧は自覚ないかもしれないけど、貴方に声をかけてみたいって思ってる人、かなりいると思うわよ」


 そんなはずは……

 でも、確かにこちらへと向けられた視線が多く感じられた。


「それだけ、あのミュージックビデオの影響は凄いってことよ。少しは理解しなさい。

 それに碧だけに興味があるならまだしても、ほぼ確実に音葉ちゃんのことも聞かれると思うわ」


 それもそうだな……

 Roeleの素性の分からない今、知り合いであろう俺の方に尋ねてくる姿は容易に想像出来た。


 うん、いろいろと反応に困る……


「分かった、今すぐに離れることにする」


「それじゃあ、コレ渡しとくわね」


 姉さんから帽子とサングラスを渡された。


「……準備がいいな」

 

 いやいや、大袈裟だなぁ、と一瞬思わなくもなかったが、今日、自分の存在を知られていたこともあって、ここは有り難く受け取っておくことにする。


「私は少し安藤さんと話してからここを離れるから、気をつけて帰ってね」


「うん、ありがとう。姉さんも気をつけて」


 それから俺は、天音さんとの話を終えた安藤さんに一声掛けてから、帽子とサングラスを身につけた。


 普段サングラスなんてつけないから、少しだけ陽気な気分になる。

 多分だけど、こういうところが陰気臭いんだろうけど。


 俺はそれから、出口に向かって足をすすめるのだった。


「あの、葵さん待って下さい!」


 うっ、姉さんの言ってた通り、ホントに声をかけられた。

 でもこの声は……


 建物の入口付近で俺が後ろを振り返ると、少し息を切らした天音さんの姿がそこにあった。


「どうかしましたか?」


 俺は動揺を隠しながら口を開いた。


「あの、良ければこの後、一緒に食事でもどうですか?」


 天音さんは少し緊張を滲ませた面持ちでそう言った。

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