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1つの滝が繋いだ出会い、それは新たな道への始まり 〜side音葉


 いま振り返ると私、鈴凪 音葉の人生はまるで敷かれたレールの上を走るだけの電車のような物だったと思う。


 音楽を好きになり、母親に導かれるままにプロになった。


 だからこそ、今日の出来事はかつてないほど、刺激的なものだったと言えよう。


 それにしても、変なやつだったなぁ。


 電車で帰っている最中の私の頭の中に浮かんできたのは今朝出会ったばかりの陰気臭い黒髪の男の子、律真 碧だ。

 滝の中に飛び込んだ私を助けてくれた命の恩人とも呼べるそんな人。


 でも、最初はホントに余計なことしてくれたものだと思った。

 覚悟を決めて飛び込んだはずなのに、彼に助けられて見事、無事に生還してしまったのだから。


 そして、溺れた時の息苦しさなどの記憶が頭の中にこびりついてしまい、二度と同じ真似はしたくないと思ってしまった。


 だから私は思わずカッとなって声を張り上げる。助けてもらったのにも関わらずにだ。


 とても理不尽なことだとは思うけど、あの時は、ああせずにはいられなかった。

 やり場のないこの気持ちを何処かに吐き捨てたくてたまらなかったのだ。


 まぁ、まさかそんな私に頭突きをしてくる人が居るとは思わなかったけどね。

 その上、間違ってはいないけど、わがまま女なんていう酷い言葉も浴びせられてしまう。


 けど普通、自殺しかけて泣き喚いてる女性に対してかける言葉って、もう少し優しいものになるでしょ。


 私も私で、そんな彼の言葉に対抗して強い口調で言い返してたけどさ……

 よくもまぁ、名前も知らない命の恩人にあんな酷いこと言えたもんだと、今でも思う。


 でも、そのお陰で気持ちはかなり楽だった。


 壊れ物を扱うように接してこられたら、こちらとしても、とてもやりづらかったと思う。

 でも、そんな素振りを全く見せなかった彼に対しては殆ど気を使わずに素のままでいられた。


 ホント変なやつ。


 そんなこともあってか、少し思い返すだけで、思わず笑みが溢れてしまった。


 その後は、服も買って貰って、ご飯も奢って貰ったうえに悩み事まで聞いてくれた。


 えっ、私どのツラさげてあんなに偉そうなこと言ってたのよ!!


 今日してきた自分の行いが、いかに最低なことだったと改めて反省する。そして、彼の優しさに心の中で改めて感謝した。


 それにしても、誰かに悩み事を話すだけでこんなに気持ちが楽になるとは予想外だった。

 死にたい、逃げ出したいとばかり思っていた毎日が嘘のように、今は頭の中がスッキリしている。


 とりあえず、お金を返すのは当然として、他にも何かお返しが出来たらいいけど……

 しかし、生憎私には彼の好きなものなど分かるはずもない。

 

 というより、彼のことについて名前以外何も知らないのだ。

 それもそのはずだ。何せ今日は一方的に話を聞いてもらっただけなのだから。


 しかし、私は、私のことだけ知って自分のことは教えないなんて、なんだかズルい。と、そんな場違いなことを考えてしまう。

 決して彼が悪い訳でもないのに、何故だかそう思ってしまった。


 どうしてだろう、無性に彼のことが知りたいのだ。


 その事実に気づいた時には私はメッセージアプリを開き彼の名前を探した。

 

 えーと、確か漢字で登録していたような気がするから下の方かな。

 そんな考えで画面を一気にスクロールする。


 あっ、あった!


 そこには律真 碧とフルネームでそのまま表示されていた。

 予想はしてたけどやっぱりそのまんまなんだ……


 なんとも彼らしいと感じながらも、目的だった彼のアイコンに目を向けてみた。

 そこには人の上半身を映したような形をしたものが使われていた。

 要するに最初の状態のままなわけだ。


 ここから何か情報を得られると思った私が馬鹿だったわ。

 やはり直接聞くしかなさそうね。


 しかし、メッセージを打とうと考えて少し躊躇ってしまった。

 

 なんだか、自分から言い寄ってるようで恥ずかしい気がしたのだ。

 それに何て聞けばいいのか分からなかった。


 そもそも男の人、それも同世代とメッセージをやり取りすることなんて殆どないから仕方ないか。

 私は自分にそう言い聞かせて、何度かそれっぽい文章を打ち込んでは消してを繰り返した。


 あー、もう、なんでこんなことで悩んでるのよぉ。


 普段はもっと流れ作業の如く、メッセージのやりとりをしていたが為に、どうしても堅苦しい文章ばかりが思い浮かんでしまうのだ。

 

 しかし、今回はそれは自分から彼と距離を取ってるような気がして嫌だった。

 ホントに今日の私は何処か可笑しいわ。


 とりあえず、彼と喋ってた時の感じを思い出しながら、何とか文章を作りあげて急いで送信ボタンを押した。

 そうでもしないと、また悩んでしまうと思ったからだ。


 内容としては食事の誘いになってしまったけど、その時に好きなことを聞いたらいいしね。そんなことを考えながら。


 あっ、そうだ、向こうから気を使われても嫌だから、一応そのことも送っておこう。


 そう思って『別に今まで通りでいいからね』と書いて送信したのだが、これは自分に対して言いたい言葉だったのかもしれない。


 すると、送信して間もなく既読がついた。


 わわっ、見てる……って私から送ったんだし当然か。

 当たり前のことに驚いてる自分にツッコミを入れる。


 そして、その返信を少しドキドキしながら見守っていると、数分後返信が来た。


『了解! その時は是非高級料理店で宜しくお願いします』


 私はそんなおふざけ半分、期待半分といったような、そんなメッセージに思わず、「ふふっ」と声を出して笑ってしまう。




 それにしても凄い1日だったわね……


 自殺をしようと思って家を飛び出したのが今朝、正直場所なんて何処でも良かった。

 でもどうせならと、最後に誰もいない景色の良い場所を探した結果、とあるサイトにあがっていたのがあの滝だった。

 

 まさか、それがこんな出会いに繋がろうとは誰が想像できただろうか?


 自殺をすると決めた今日の出来事がいい思い出だとは思わない。しかし、彼との思い出を何故だか忘れたいとも思わない。つまり今日という日を忘れたいとは思わないのだ。実に不思議な感覚だった。


 人間は弱い生き物だから、誰かを頼って生きている。彼はそんなようなことを言っていた。

 だから、私はそんな彼の言葉を少し借りることにした。


 ーー少しだけ、勇気貰うねーー


 彼からもらった沢山の言葉を胸に、私はとある人物に向けてのメッセージを送った。


『少し話がしたいです、時間が空いたら連絡ください』


 こうして私は、人生を終えると決めたこの日に、新しい道を切り開く決意をするのだった。




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