まさにワールドクラス 〜side 鈴菜
「ちょっ、鈴菜さん!彼、ほんとヤバイでしょ!?」
町丘さんの意見に私は大きく頷いた。
「まさか、あんな子がいたなんて思いもしなかったわ。
私、これでも結構いろんな人、見てきたつもりだったんだけど、彼以上の人は見たことないかもしれない」
もう既に、そこらのアイドルレベルなんてものじゃない。
正直、彼を採用した時点で、音葉の歌の売れ行きが伸びることは確定しているようなもんだわ。
彼の容姿と、音葉が作った最高の楽曲。これはもう負ける要素がないわね。
そう思わされる程に彼には強い衝撃を受けさせられた。
彼、芸能界とかに興味ないのかしら……
活動を始めれば絶対に売れる、私の長年の感がそう囁いていた。
私は無意識のうちに拳をギュッと握りしめていた。
これからの彼を想像するだけでドッと視界が開けたのだ。
私は今、年甲斐もなく興奮している。
「いやぁ、鈴菜さんもアガってますね!マジでウチもかなり張り切っちゃってさ、時間感覚なくなっちゃってましたよ。
もう、ズキュンのドドドドバーンです!」
やっぱり今日も飛び出てきたわね、町丘さんの理解に苦しむ用語が……
でも、こんな彼女でも腕前だけは確かなのよ、それに最近は音葉とも結構仲良くしてるみたいだしね。
「音葉も知ってたなら、教えてくれれば良かったのに」
そうすれば私は迷うことなく採用していた。
「あっ、そう言えば鈴菜さん、念のため来てもらってた彼、もう必要ない感じじゃないっすか?」
「そうね、彼には悪いけど今回は出る幕なしよ」
私は音葉の頼みにより、MVに出すことは了承したが決して彼を主演にするつもりはなかった。
音葉には怒られるかもしれないが、本当のところ脇役として使うつもりだったのだ。
その為、別の俳優にもきてもらっていたのだが……いい意味で予想を裏切られた。後で謝りにいかないとね。
でも、彼を脇役なんかで使ってしまった時には主演俳優よりも目立ち、見てる人達の視線を全て掻っ攫ってしまうことだろう。
だから今回から連れてきた俳優を使わないというより使えないが正しい解釈だった。
少し彼の演技力が気になるところだけど、ドラマに出る訳でもないし、そこのところは練習次第でどうにでもなる。
あまり大した問題にはならないのだ。
コンコンコン!
そんな時、入り口の扉がノックされた。
もしかすると彼がトイレから帰ってきたのかもしれない。
「失礼します、あっ、お母さんも来てたのね」
扉を開けて顔を覗かせたのは、私の娘である音葉と、新しいマネージャーの五十嵐さんだった。
「すみません、鈴菜さん。音葉ちゃんがどうしても気になるからって……」
五十嵐さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
私はそんな彼女に対して頭を上げさすと、今度は音葉の方に視線を向ける。
「それで、どうしたの音葉?」
「いや、予定よりもかなり時間かかってたから、何かあったのか心配になっちゃって」
「それならもう大丈夫よ。メイクの方はさっき終わったから。後はスタイリストさんに見てもらわないとだけど……」
あれだとどの服でも似合いそうだから、すぐに決まるかな。
いや、仲川さんのことだから逆に悩むかもしれないわね。
「えっ、終わったんだ!
それで碧は?、今どこに?」
音葉は嬉しそうな表情で聞いてきた。どうやら彼によっぽど会いたいみたいね……
「今はトイレよ。それにしても音葉、彼のこと知ってたならもっと早めに言いなさいよ」
「えっ、お母さん?
碧のこと知ってるならってどういうこと?」
いったい何をとぼけてるのかしら……
「だから、顔よ顔!」
「顔?」
音葉は首を傾げて本気で悩み出した。
それはどう見ても演技には見えない。
——っ、まさか、ホントに知らなかったの!?
それなら、まだ隠してた方が面白いかもしれないわね。
「やっぱり何でもないわ、碧君の方はもう少しだけ予定があるから、音葉は別の場所で待っててくれるかしら。
碧君のことが気になるのは分かるけど、後での楽しみにとっておきなさい」
「はーい……」
随分と不服そうな顔ね。まぁ、そのうち落ち着くでしょう。
「五十嵐さん、音葉を頼んだわよ」
「かしこまりました」
五十嵐さんは綺麗に腰を曲げると、音葉を連れてこの部屋から出て行った。
音葉の驚く顔が楽しみだわ……




