本音は語らず心の奥に、例え求められてる答えとは違っても
それから俺たちは安くて美味しい、かの有名なファミリーレストランに来ていた。
「好きなだけ頼んでいいぞ、ここは俺が奢ってやる。まぁ、出来る限り安いやつにしてくれると助かるが」
「……だから、モテないって。カッコつけるなら最後までしゃんとしなよ」
と呆れつつも、彼女は俺と同じでこの店の一番安いメニューを選んでくれた。
それから料理が届くまでの間、俺たちはは静かに過ごした。ドッと疲れが押し寄せてきたのだ。
しかし、ここまで余りにも自然体で入れたことで忘れかけてたけど、まだ彼女とは今日あったばかりなんだよな。
不思議な感覚だ。
そう思って目の前に座る音葉を改めて見る。
まるで誰かに造られたかのようなアイドル顔負けの綺麗な顔立ちに、透き通る真っ白な肌。その上、女性らしいパッチリ二重ときた。普通に過ごしてたら間違いなく俺とは関わりがなかったであろう存在だ。
暫く見惚れていたら、彼女が気まずそうに声を掛けてきた。
「あの、何か用?」
「いや、よく考えたら色々あったなと思い返していたところだ。もちろん、音葉のことが綺麗だとも思ってたぞ」
「そんなこと言っても何も出ないわよ」
そういいつつも、満更でもなさそうな音葉。この手のことには慣れてると思ったが意外にも初心なのかもしれない。
「ああ、別に期待してない」
――ちょっとは期待しなさいよ――
「ん、今なんか言ったか?」
俺がそう聞き返すもその返答は店員が運んできた料理によって中断される。
「ミートドリアになります。ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
そうやって机に並べられたミートドリアが二つ。
いつもなら、大して何も思わないのだが、今日に限っては物凄く魅力的に映る。
その後、どうやって食べたのかは余り覚えていない。ただ、これまでの人生の中で一番美味しいミートドリアを食べたのは間違いないだろう。
「あ、あのさ……」
食事を終えた後、音葉はかなり控えめに呼びかけてきた。
「どうかしたか?」
「その、えっと、なんていうか、今日はホントにごめんなさい。ずっと言わなきゃって思ってて……今更なのは分かってるんだけど、私、気が動転してたこともあって結構酷いこと言っちゃったりしたし……碧君はただ私を助けてくれただけなのにね」
「本当に今更だな。まぁ、確かにメンタルは少し削られたが心配するな。それにどうして急に君付けなんだ?」
「いや、冷静に考えれば考えるほど私たちの距離感がおかしく思えてきて……初めて今日あったばかりなのに少し馴れ馴れし過ぎたなと思ってます」
おい、その似たような下りは一通り行った気がするんだが……
でも、本当に気が動転していた部分もあったのだろう。俺にそう伝えてくる彼女は今日一番の真面目な表情で申し訳なさがヒシヒシと伝わってくる。
だったら俺も真面目に答えるべきだ。
「音葉はその馴れ馴れしい感じが嫌だったのか?」
彼女はゆっくりと首を横に振った。
「だったら、今までのままで大丈夫だ。俺も嫌じゃなかったし、そっちの方が楽だからな」
「……ありがと。そう言って貰えるのなら、私も今まで通りでいるね」
そう言った彼女の表情がいくらか明るくなった気がした。
どうやら音葉も彼女なりに悩んでいてくれたようだ。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
「どうするって?」
「ストレートに言うとだな……まだ自殺しようとか考えてるのかってことだ」
俺が音葉に視線を向けると、彼女は少し困った表情で俯いてしまった。
「正直、自分でも分からないわ。
碧の言う通りあの時は生きたいって思っちゃったけど、結局のところまだ何も変わってないから……
家に帰ってまたいつもの日常がやって来るってなったら、また死にたいって思っちゃうかもね」
音葉は自嘲気味に笑った。
やはり、あそこまで追い詰められるにはそれなりの理由があるようだ。
そして、次に彼女が同じような道を選ぶのであれば、きっとそこには俺はいない。
まぁ、居てもどうにもならない可能性の方が高いのだが。
だからこそ、そんな状況を知った上でこのまま放って置くのはやはり気が引けた。
「何も変わってない、ね。
確かに今はそうだよな……だったら、俺にその悩み打ち明けてみないか?」
「へ?」
「もちろん、聞いたところで何か出来るって保証はない。でも、何も変わってないと感じるなら何かを変える努力はするべきだと俺は思う」
「そ、それはそうだけど……これは完全に私個人の問題だし、碧をこれ以上巻き込むつもりはないわ」
「気にするな、もう十分に巻き込まれてるし、普通に話を聞くだけだから迷惑にも感じてねーよ」
「……どうしてそこまでしてくれるの?」
「理由か……」
考えてみるといくつかのものが思い浮かんでくる。
でも一番の理由は、単純に俺が彼女には生きてて欲しいと思っているということ。
それはアーティストRoeleとしての彼女に対してなのか、音葉という一般女性である彼女に対しての感情のどちらなのかは少し分からない。
でも、俺は何となく、その両方であるような気がしていた。
普通ではない酷い出会いだった。最悪な出会いだとも言えるだろう。
それにたった数時間の関係だ。
しかし、そのどれをひっくるめても彼女とのやりとりを心の何処かで楽しんでいた自分が居た。
きっとそれが答えだ。俺はまだ音葉と関わっていたいと思ってる。Roeleの作り出す曲を聴いていたいと思っている。
だから死んで欲しくない。それじゃダメだろうか?
でも、もちろんそんなことを面と向かって言う気にはなれないのがヘタレの宿命だ。
「そうだな理由を強いてあげるならお金まだ返して貰ってないのに死なれたら困るからかな」
「聞いて損した気分ね。心配しなくても、お金ならちゃんと返すわよ」
「それと、ほんの少しだが見返りを期待しているからな」
「何よそれ、下心ありまくりじゃない!」
「悪いか?」
「別にいいわ……そっちの方が私も話しやすいし」
それから暫く沈黙が続いた後、彼女はポツリポツリと語り始めたのだった。