変わり始めの頃
前と一緒の内容なのでここから数話は連投します
今日は土曜日、音葉と食事の約束をしていた日だ。
「姉さん、今日は昼ご飯大丈夫だから」
「了解、もしかして外で誰かと食べてくるの?」
「一応ね。まっ、そういうわけだから」
姉さんは少し疑うような表情をしてこちらを見てきていた。
俺はそんな視線に危険性を感じ、その場をすぐ去るべく玄関の方へと向かおうとする。
しかし、その前に再び声をかけられてしまう。
「待って……それだったらもう少し身だしなみに気をつけたらどう? いつもよりかは綺麗にしてるみたいだけど、まだ髪の毛とかボサボサだから」
「べ、別にいつもと変わんねーし、それに斗真と食べに行くだけだから」
俺はそう言い残して逃げるように家を出た。
あぶねー……というよりあれはほぼ100パーセント気づいていた。
そんなに表情に出してるつもりもなかったのに、いつもどうして分かるのやら。それに髪に少し気を遣ったといっても跳ねてるところを水で濡らして押さえつけただけだ。
その小さな変化でさえも、姉、玲奈は見逃さない。
将来の旦那さんはきっと大変だと思う。浮気なんてした際には秒でバレるだろうしな。
まぁ、そこはする方が悪いから良いのか。
あれ、そういえば姉さんって今、恋人とかいないんだろうか?
仕事以外でもちょくちょく出かけてはいるけど、男の気配を一切感じさせることはない。
これは俺が鈍感なだけかもしれないが、そんな理由もあって勝手にいないと思い込んでいた。
しかし、よくよく考えるとこんなに美人なのに世の中の男達が放っておくとは到底思えないのもまた事実。
それなのに何故!?
これは律真家、七不思議の一つである。
俺は目的地へと向かいながら、そんなことを考えていた。
それにしても少し身体が重い。
昨日の二人三脚の練習張り切り過ぎたかな……
昨日は放課後にも俺と東雲の二人は二人三脚の練習をしながら、何処をどうすれば改善されるのかを話し合った。
そのおかげで徐々に走れるようにはなったが、やはりまだ横に広がり過ぎてしまうことが問題になっている。
○○○ そして昨日の出来事 ○○○
やっぱり肩を組むか、腰を抱える、それらのことをしないと厳しいよな。
何度やっても大きく開きすぎてしまう距離感、まだ直線でしか走ってないのにこのザマだ。
カーブにでも入ったらもっと出来なくなる。
仕方ない、ダメもとでも言ってみるべきか……
俺はそう決意して口を開いた。
「なぁ、東雲。このままじゃ何度走っても同じ結果になると思うんだが……」
「ん、それは私も感じてた。律真どうしたらいいのか良い案ねーの?」
有難い、そう返して来てくれたお陰でかなり言いやすい話の流れになった。
「そうだな、もし良かったら互いの腰とかに手を回さないか?
そうしたら距離感が一定に保てるだろ?」
「へ!?」
東雲が驚いた声を上げた。
まぁ、そうなるよな、俺みたいな陰気臭いやつにそんなセクハラ紛いなこと言われたら嫌な気持ちになるはずだ。
「そのっ、東雲が嫌なら断って貰って大丈夫だ。聞かなかったことにしてくれ」
俺が慌ててそう言い直すと東雲は大きく首を横に振った。
「いや、そうじゃなくて逆に律真は平気なのか?
……だって、前にあんなことあったし、私の身体は汚れきってるからさ」
彼女はスッと俯くとまるで、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
ああ……『汚れた身体』、それは前に俺が学校の屋上で言ってしまったことだ。
恐らくだが、東雲も二人三脚の解決策に気づいていたのだろう。しかし、彼女はそれを言い出さなかった。
東雲はあの時からずっとそれを気にしてきたのかもしれない。何も考えずに放った俺の言葉、まさかそれがそんなにも彼女を傷つけていたとは思いもしなかった。
「すまなかった……」
「えっ、何か言ったか?」
「俺は全く気にしてないって言ったんだ。それよりも東雲の方は良いのか?」
「ありがとう……、律真が良いなら私も大丈夫」
○○○
それ以降、俺たちの二人三脚は格段に上手くなっていった。
そして、不思議なことに、人間上手くなるとだんだん楽しくなってきてしまう。
そんなこともあって、いつも以上に練習を長くしてしまったのだった。
まさか、その代償が今日に現れるとは……ううっ、身体の節々が痛い。
ズバリこれは筋肉痛というやつだ。
やっぱり人間頑張り過ぎるもんじゃない。適度な量を心掛けないとな。
まだ、ゾンビレベルじゃないだけマシか。高一の時、斗真にフットサルに誘われたことがあったが、終わった後はもうヘロヘロのクタクタで、次の日はホントに動けないくらいに身体中に痛みが走った。
そして誓った、もう二度としてたまるかと。
それから、電車に乗り約15分ほどで待ち合わせ場所の公園へと到着する。
時刻は午前10時前後、待ち合わせの11時までは約1時間ほどあった。
じゃっかん、いや、かなり早く来すぎた感は否めないが、音葉を待たせるよりかは断然良い。
1時間なんてベンチに座って携帯弄ってたらすぐだしな。
俺はベンチに座り、ポケットから携帯を取り出した。
すると、画面を付けていない暗いままの携帯に自分の顔が反射していた。
「これで大丈夫なのか?……」
ボサボサの髪に伸ばし過ぎた前髪、いつも通りではあるが、音葉と今から会うとなると、何処かむず痒い。
今までもこの姿で会ってきたし、問題はないはずなのだが……
理由は分からないが、俺の頭の中は今までに感じたことのない感情に支配されていた。
そんな時、前方から声をかけられる。
「えっ、碧……どうしてもう居るの!?」
「うおっ、音葉こそ、まだ集合の1時間前だぞ、来るの早くないか!?」
予想に反した彼女の登場に俺は思わず携帯を落としかける。
待て、今の見られてないよな?
携帯に映った自分を眺めてる恥ずかしいところを。
俺はサッと携帯をポケットにしまってベンチから立ち上がるのだった。




