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濡れた美女は喚き散らす


「なんで、なんで助けたの!?」


「それは俺にも分からん、身体が勝手に動いただけだ」


 彼女を助けてから暫く経った後、俺はかの有名な美女からお叱りを受けていた。


 ご褒美?

 いやいや、とんでもない、ただ助けたことを理不尽に強く責められているのだ。


「貴方のせいで私は死ぬチャンスを逃した、死ぬのが怖くなった。つまりは私は逃げ道を失った」


 先程の溺れた苦しみが身体に染み付いてしまった以上、今度おなじことをするには今回以上の決意が必要になってくる。

 と、そのことに彼女は怒りを露わにした。


「どうしてくれるのよっ!」


 俺の肩を持って揺さぶってくる彼女のせいで頭がグワングワンしてくる。


 でも、俺は間違ったことはしたとは思っていないし後悔もしていない。


「おい、少し落ち着け」


「私これからどうしたらいいのよっ!」


 子供のように泣きじゃくる彼女、最早Roeleの面影など感じられるはずもない。


「だから落ち着けって」


「落ち着くって何を!?」


 俺は頭を大きく引くと彼女の頭に勢いよく頭突きをかました。


「痛っ」


「さっきから、ギャーギャーうるせーんだよ。

 命がけで助けてやったんだから少しぐらい感謝しやがれ、わがまま女」


「だから、そもそも助けてって頼んでないし、寧ろ私の邪魔したんだから謝ってよ」


 頼んでないって……実際に溺れれて助けを求められる人の方が少ない気がするんだが。

 それにしても、ここまで言われると流石に少し頭に来る。


「悪かったな、これでいいか?」


 俺は苛立ちを込めながらそう言った。


「よ、良くないって、結局私死んでないじゃん」


「いや、謝れって言ったのお前だろ。これ以上俺に何を求めてんだよ」


「だったら、貴方が私を殺して」


「普通にやだ、何で俺が犯罪者にならなきゃならないんだ? 自殺の手伝いして牢屋に入るのなんてゴメンだね。

 ーーってかさ、なんていうか、お前、実は気づいたんだろ?」


「……気づいたってなにを?」


「本当は生きたいって思ってることにだ」


 実際に死のうとして、死の恐怖を痛感した。

 それでいて、生きてたことにホッとしているからこそこうやって泣き喚くことが出来ているのだろう。


「……そんなわけない。生きてても苦しいだけだし、ありえないから」


「あのなぁ、本当に死にたいと思ってる奴は、多分だが死ぬことに怯えたりしない」


「だから違うって!」


「はいはい、分かったから。

 少しそこで頭冷やしときな」


 俺は彼女から少し離れた場所で上を見上げて現状を確認する。

 

 かなりの高さがあるし登るのはまず無理だな。

 だったらあっちの方に下るしかないか。


「クシュンっ」


 今後の帰り方について思考していると、再び邪魔……じゃなくてそうだったな。

 色々あり過ぎたせいで濡れた服をそのまま着ている彼女に気づいていなかった。


 こういう時、火でも起こせたらカッコいいんだろうけど、残念ながらインドア派の俺にはそんな技術はない。


「向こう向いとくから上の服ぐらい脱いだらどうだ?

 そのままじゃ風邪ひくぞ」

 

「そう言って私のこと盗み見てくるつもりでしょ」


「しねーよ」


 さっきまで死のうとしてやつが、裸見られることを気にするなっての。


「少しこの先の様子を見てくるからここで待ってろ。

 帰ってくる時は大きな音を立てる。そのうちに胸でも隠しとけ」


「このっ、変態!!」


 そんな罵声を背中に浴びながら俺は、森の中を進んだ。

 そして、幸いにも少し歩けばここから出られることが分かりホッと一息つく。


 それからというもの、寒さに凍えながらではあったが、なんとか蓑蔵駅まで戻ることが出来たのだった。


「ほらよっ」


「えっ、これは」


「流石に半裸の男女二人が電車に乗るなんてダメだろ。その服は俺が飛び込む前に脱いだものだから濡れていない。有り難く着とけ」


 ついさっき電車の待ち時間を利用して脱ぎ捨てていた上着とTシャツを取ってきていた。俺はTシャツを身に纏い、彼女には上着として着用してしていたパーカーを渡した。

 ここから普通に滝の見える場所まで行くこと自体はそこまで時間はかからないから、取りに行くだけならたいして体力も使わない。


「……ありがとう」


 彼女は自分の濡れた服を胸元に寄せて、隠しながら小さな声でそう答えた。

 まさか、お礼の言葉を告げられると思っていなかった俺は動揺を隠しながら「どういたしましてだ」と、そう答えるのだった。


 電車は元から人が少ないこともあって乗客は俺たち以外に誰もいなかった。

 車掌さんに軽く事情を話して、応急処置程度のタオルを受け取り、ついでに近くのお店の場所も聞いておく。


「えーと、その、とりあえずロエルさん……でいいですか?」


 彼女に声をかけようと思ったことがきっかけで彼女が有名人であることを思い出した。

 それどころか、さっきまで見ず知らずの人に対してかなり生意気な口調で話してしまったものだと少しばかり反省をする。

 

「気づいていたのね。でも、私の名前は音葉(おとは)、だからそう呼んで。というより何で今更かしこまってるのよ?」


「あっ、いや、改めて考えますと、音葉さんが一応Roeleな訳であって、一般人の俺からするとちょっとですね……」


「一応ってなに? 私が正真正銘のRoeleよ。敬われるのは素直に嬉しいけど、その見た目で敬語使われると気持ち悪さがますから止めてくれるかしら」


 やっぱ敬語無理、全くリスペクト出来ねーよ。


「いやいや、その言い方酷くね?」


 確かに普段から前髪を下ろしていて目が殆ど隠れてしまっている俺はいつもキモオタ扱いだけどさ、今日は貴方の命の恩人じゃん、少しくらいオブラートに包んでくれてもいいじゃん。


 そんなことを言うと話が拗れてしまいそうなのでそっと心の奥にしまっておくのだが。


「半分は冗談よ」


「いや、フォローになってねーから」


「ふふっ、ホント冗談だから、気にしないで」


「はいはい、着いたから降りるぞ」


 それから俺たちは服を一式揃えてから、再び電車に乗車した。

 財布を上着のポケットに入れといてマジで助かった。グッジョブ俺!


 帰る頃にはかなり日が傾き夕方になっていた。


「そういえばまだ貴方の名前聞いてなかったよね」


「碧、律真 碧だ。好きに呼んでくれ」


「分かったわ碧、碧も帰り道こっち側なの?」


「ああ、うん」


 俺は大まかな地名を音葉に伝える。


「えっ、割と近いんだけど……もしかして私と一緒に帰りたいからって敢えて嘘ついてる?」


「冗談はよせよ、命の恩人である俺に対してキモいだの何だの言ってくる奴と一緒に帰りたいやつがいると思うか?」


「そのことは本当にゴメンなさい」


「……」


「何なのよ?」


「あっ、いや、素直に謝られると何というか……な

 ーーグヘッーー」


 彼女の右ストレートが脇腹に炸裂する。


「もう、謝んないから」


 彼女は恥ずかしそうにそっぽを向いた。少し頬を紅潮させていることからも恥じらいを持っていることが伺えた。


「それより、腹減らねーか?

 生憎今日は誰かさんのせいで滝にダイブするわ、歩き回ったりと色々したけどさ、ご飯一切食べてないんだよな」


「もしかして、食事の誘いかしら?

 何、その嫌味タラタラでセンスのない誘い方は!?

 貴方絶対にモテないでしょ」


 うぐっ、碧のライフが100減りました。もう既に瀕死寸前……


「あっ、その、図星ついて悪かったわね」


 謝らないって言ってたのにもう謝ってるし、それとそれ追い討ちだから……

 俺はガクリと肩を落として撃沈するのだった。

 少し気にしてるんだから止めてくれよ、ホント。


「で、返答は?」


「私、お金持ってないわよ」


「知ってるって、今頃滝壺の底にでも眠ってるんだろ?

それに、ここまでお金払ってきたの全部俺だし今更、気にされてもな」


「うぐっ、確かに……

 お金は絶対また今度返すから」


「はいはい、首を長くして待っとくよ」


 正直な所、今回の出費は両親のいない俺からするとかなり痛い。今は両親の貯蓄に姉のバイト代、さらには父さんの従姉妹に当たる叔母さんからの支援で何とか生活をしている。

 家賃も一軒家で普通なら到底払えない金額なのだが、亡くなった両親との想いでの場所だからせめて成人するまでは残してあげたいとの事でそれも叔母さんが肩代わりしてくれていた。

 ホントに叔母さんには感謝してもしきれないな。

 

 だが、今は貯めてきたお小遣いを使ってでも飯が食べたかった。それぐらいお腹が空いているのだ。

 奢るのはそのついでということで仕方ない……


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