平穏な日常が戻ってくると春がやってくる!?
音葉の母親である鈴菜さんと出会った、その日の夕食を食べている最中に音葉から電話が掛かってきた。
「悪い姉さん、少しだけ席外すよ」
「別に構わないけど、もしかして斗真くんから?」
「いや……うん、そんな感じ」
あぶねー、もう少しで否定しちまうとこだった。俺に電話は来るのは稀、そして今までに斗真を除いては掛かってきたことがない。
それを否定してしまえば、なんと説明すればいいのか分からなくなってしまう。
別にやましいことはないんだが、音葉って一応あのRoeleだしな、例え姉であっても黙っておくにこしたことはない筈だ。
「……ふぅん、そう。貴方の事だからあんまり心配はしてないけど、ご飯が冷めないうちに帰ってきなよ」
「おう、分かってるって」
少し怪しまれたか?
姉さんは変に鋭いところがあるからな。ホントに気をつけないと。
俺は急いで自分の部屋まで戻って電話に出る。
『あっ、碧……もしかして取り込み中だった?』
電話に出るのが少し遅れたからか、音葉がそんなことを聞いてきた。
「いや、大丈夫だ。それよりどうかしたのか?」
『特に大した用事じゃないんだけど、今朝の出来事について話しておこうかなって思って』
そう言ってくる音葉の声は誰が聞いても分かるほど弾んでいた。
これは確実に良いことがあったな。
「もしかして、鈴菜さんと上手くいったのか?」
『えっ、知ってたの?』
驚いた声で言われるが、アレは誰がどう聞いても分かると思うんだが……
「いや、今知った。なんというか、そこまで嬉しそうな音葉の声初めて聞いたから分かった」
『そんなに分かりやすかった?
ってそれより碧、お母さんにあの日のこと話したでしょ!』
「ああ、つい、うっかりな。でも話しておくべきだとも思ったんだ」
娘のそんな大事なこと母親が知らない訳にはいかないとは感じてたし、それに伝えておいた方が、これからはよりいっそう注意深く音葉のこと見てくれるだろうしな。
『そう……でもお陰様で、頬に一発いいのもらっちゃったんだから』
「その割には随分と嬉しそうだけど、もしかしてお前、そっち系の人間なのか?」
『ち、違うわよ!
私が言いたいのはそーゆーことじゃなくて、そのっ――』
このままもう少しからかっても面白いと思ったが、今日はいろいろあっただろうし、このあたりで引き下がるとするか。
「分かってるって冗談だ。
それでどうだった? 痛かったか?」
『もう、貴方って人は。
……そうね、痛かったけど暖かかったわ。
なんて言うか、私のこと大切に想ってくれてるって分かって嬉しかった』
「そうか、それならもう大丈夫そうだな」
『うん、ホントにいろいろとありがとね』
「はいよ……そういや美里さんとはどうなったんだ?」
『あ、うん、あんまり喜ばしい話じゃないんだけど美里さんとは今日で終わりになったの』
「へっ!?」
終わりになった!?
つまりはクビになったという事なのだろう。まさか、そこまでの対応になるとは思っていなかった。
『実はあの後、美里さんが私の口座のお金も勝手に使ってることが発覚したの。
私の生活費とかはそこから下ろしていいからってお母さんが通帳渡してたみたいで……』
そんなことがっ!?
道理であそこまで飾れる訳だ。
にしても通帳渡すなんて、少し無防備過ぎないか?そこまで信用していたと言われればそれまでだが。
「そっか、まぁ、それなら仕方ないよな。それで音葉は大丈夫だったのか?」
『分かんない……
……美里さん、昔は優しかったのになぁ。
どうしてこんなことになっちゃったんだろ』
音葉が声のトーンを落としてそう呟いた。
人の根本的な部分はなかなか変わらないとよく言われるが、それは逆に表面上の部分は少しのきっかけで変わってしまう生き物でもあると言ってるのかもしれないな。
美里さんが今後どうなっていくのかは分からないが、いい方向に進むことを願うしかない。
『ごめん、暗いこと言っちゃったね』
「いや、大丈夫だ」
母親代わりだった人物とそんな別れ方をするなら誰だってそうなるはずだ。
『そっか、それと少し話変わるんだけど来週の土曜日空いてるかしら?』
「ああ、うん、それなら心配ない。嬉しいことに俺の休日はほぼ24時間365日空いているからな」
『それって、単に友達居ないだけじゃ……』
「い、いやっ、ちゃんと居るし。斗真だろ、それに音葉……
ほれ見ろ、二人もいるんだぞ」
『って二人じゃん、しかもそのうちの1人は私だし……まぁ、私もそんなに人のこと言える立場じゃないんだけどね』
じゃあ言うなよな、とは思ったが話が長くなりそうなので口には出さなかった。
その代わり少し、むすっとした感じで返事をしてやった。
「それで空いてるけど、どうしたんだ?」
『ごめんごめん、これはさっきのお返しってやつで。
だったらその日空けといてよね。この前に約束したご飯に連れってってあげるから』
「おっ、マジか。それは楽しみにしとく!」
『貴方わざと怒ったふりを!?
うん、分かったわ期待しといてい ——「音葉、夕食出来たわよ」——
あっ、ごめんもう切るね!詳しいことはまた連絡するわ』
最後は音葉が少し走り気味になって通話を終了させた。
慌ただしいやつだな。でも、あの感じだと鈴菜さんが部屋にでも来たのだろう。
俺も姉さんが部屋に来てたら同じようなことするかもしれないが「何一つやましいことなんてないからな」
「何がやましいことがないのよ。だったら堂々と電話しなさいな」
ガチャリと扉が開かれたかと思うと、そこには姉、玲奈の姿があった。
「うおっ、姉さん!?」
「ごめん、あまりにも碧が遅かったから少し心配になっちゃって」
「で本音は?」
「何か隠し事してそうだったから危ないことに手を突っ込んでいないか気になったのよ。貴方直ぐに溜め込もうとするんだから。その結果、まさか女が出来ただなんて思いもしなかったけどね。
……碧、もしかして相手の女性に顔でも見せたの?」
「ん?、顔、なんのこと?
いつも通りのこんな感じでしか会ってはいないけど」
「それならいいわ。
ところでやっぱ相手は女性だったのね。それに直接会ったこともあるだなんて……」
「たんま、やっぱ今のなしで!」
「無理よ、また時間ある時に私に紹介すること、分かった?」
「だからそんな関係じゃないんだって」
俺がそう否定するも、姉さんはまともに取り合ってくれなかった。
あっ、これは何を言ってもダメなやつだ。
「はいはい、ご飯冷めちゃうから早く戻って来なさい」
それから少し気まずい空気の中、姉さんと食事をしたことは容易に想像出来るだろう。




