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それは運命的な出会いではなくて


 長かった一週間が終わり、俺にも束の間の休日が訪れる。

 俺はそんな貴重な休日に、ベッドの上で大の字になってボーッと天井を眺めていた。


「あー、やっぱ忘れれねぇ……」


 あの日の出来事を境に何度も斗真達を目で追うようになってしまったせいか、休みの日になっても気分が優れない。


 ったく、どうしてあんなの見ちまったんだよ……


 そう思うとどんどん気持ちは落ち込んでいき、思考は後ろ向きの方向に進んでいく。

 そんな流れを変えるためにも、顔をパシリと強く叩き、ある事を決心した。


「よし、久しぶりに出かけてみるか」


 俺はそう決めるや否や、外出用の服に着替えて階段を慌ただしく降りた。


「あれ、碧、今日は珍しく出かけるの?」


 一階のリビングに行くと、朝食を食べている最中の姉、玲奈(れいな)から声を掛けられた。

 綺麗な二重で少しシャープだが決して小ささを感じさせない瞳、170センチと女性にしては身長が高めだが、その分小顔が際立っていた。

 さらに、艶のある長くて綺麗な髪は、黒に限りなく近い深い紫色に染まっている。


 ふぅ、今日も一段と美人なことですこと……家族ながらもそんなことを感じてしまう。


 あっ、俺も同じ血筋なはずなんだけどな。


「ああ、悪い姉さん。

 俺、今日は朝ご飯いらないわ。ちょっと気分転換に出かけてくる」


「……分かったわ、でも何か悩み事があって、それが自分で解決できないなら私に言いなさい。良いわね?」


 俺がそう言うと、姉の玲奈(れいな)は少し心配そうな表情を浮かべながらも了承してくれた。

 悩み事を抱えてることは確実に見抜かれていたのは、流石は姉というところなのだろう。


「まぁ、相談するほどでもないし、ホントに大丈夫だから。

 それじゃ、行ってきます」


 俺は気遣ってくれる姉に背を向けて、玄関の扉を開けて外に出た。

 

 さて、これから何処に行こうか……


 勢いよく出たとはいえ、悲しいことに目的地はまだ決まっていない。


 ひとまず何処か景色の良さそうな場所に行ってみるか。もちろん、周囲が静かであることが大前提なのだが……

 そう考えていると、ふとある光景が脳裏に浮かび上がった。


 かなり懐かしい……

 そうだな、久しぶりに行ってみるか。


 突然の衝動に駆られた俺は電車に乗って、普段住んでいる都会部とは違う田舎の方を目指した。


 確か名前は蓑蔵(みのくら)駅だったと思う……俺の記憶が正しければ、あの辺りに俺がまだ小さい頃、家族4人でよく訪れていた思い出深い場所があった筈だ。

 

 そんな家族の思い出が詰まった場所に今日はなんだか無性に行きたくなってしまっていた。


 まさか、あそこに行きたいと思えるようなそんな日が来るとは自分でも予想外だった。

 

 父さんと母さんが事故で亡くなったあの時から、今日まで思い出そうとすら思わなかった場所。


 それも、死んだ両親の事を嫌でも思い出してしまうからだった。


 もちろん彼らの事を忘れたい訳ではない。

 俺たち家族4人で過ごした記憶は大切なものだし、これからもずっと覚えておくつもりだ。

 でも、家族のことが深く印象に残っているあの場所では、楽しかった思い出以上に喪失感に苛まれてしまうのではないかと不安があった。


 今までは、それが怖くてなかなか踏み出せなかったはずなのに、今日は何故だか恋しく感じている。


 実に不思議な感覚だった。


 その理由が何故なのかは定かではないが、学校でのことで、何かにより縋りたく思っている俺の弱い心が原因なのかもしれない。

 

 俺は数時間かけて何回か電車を乗り換えた末に目的地である蓑蔵駅へと到着する。


 降りた駅には人っ子一人も居ない、酷くのどかな場所だ。

 簡単に整備されただけのその駅は当然の如く無人で、俺は切符を何の防犯もされていない小さな木箱に入れてから駅の北側へと出た。


 周囲は本当に静かで、鳥のさえずり、風の音だけが聞こえてくる。

 そして今回の目的地は正面に見えている森の中だった。

 ちなみに南側には何も存在しない。

 ただただ、広いだけの土地が続いている。昔には農地として使われていたという背景があるのだが、先ほど見た感じ手入れされている様子は伺えず、どうやら今は無法地帯となっているようだ。

 

 それにしても、新しく建物が出来るわけでもないし、逆に撤去されるような何かもない。存在感があるものを強いて言うならこの森ぐらいか。

 まぁ、結局のところは俺の記憶の中の光景と殆ど変わらないということ。


 いや、昔はもう少し活気付いていたかもしれない……


 それから数十分歩いていると、激しく何かにぶつかり続けている水の音が聞こえて来る。

 昔の俺が聞いていた、かなり懐かしい音だ。


 その音に死んだ両親の姿が頭をチラつく。


 もう目的地は目の前だった。


 そして木々をすり抜け、少し開けたスペースまで到達すると目の前に一つの大きな滝が現れた。


 ドドドドドっ!!


 ――巡り合わせの滝――


 父さんはかつてそう呼んでいた。

 だが、それは母さんと出会ったのがこの場所だったというそんな理由で父が勝手にそう名付けていただけだ。


 だから、本当の名称があるのかすら分からない。


『玲奈、碧、この勢いよく流れる水が、心の中に溜まった悪いものを洗い流してくれるのよ』


 いつしか母が言っていた言葉を思い出す。


 来れば、もっと悲しさが溢れてくるのかと思っていたのだが不思議と心は落ち着いていた。

 それどころか少し心地が良い。


 ドドドドドッ


 俺は木で出来た朽ちかけの手すりのようなモノに体重を預け、この永続的に流れる水音を聴くために目を閉じて静かに耳を傾ける。


 ーーもう少し、今はもう少しこの水の流れる音を聴いていたいーー


 それからどのくらいこの場所に居たのだろうか、気がつけば少し日が傾き始めていた。

 

 そろそろ帰るか……


 そう思って、最後に再び巡り合わせの滝を見下ろした。

 最後に目に焼き付けておこうと考えたためだ。


 しかし、そんな時に背後の方から気配を感じる。


 どうやら誰か来たようだ。


 そして間もなく現れたのは帽子を深く被りマスクをしている1人の若い女性、少し距離があったため向こうはまだこちらには気づいていない。


 こんな所に来る人も居るもんなんだな……


 とりあえず自分のことは棚に上げて俺はそんなことを思った。


 それにしても何処かで見たことがあるような気がするんだが、気のせいか?


 それも最近の話……


 興味本位で観察していると彼女はマスクと帽子を外してから先程の俺と同じように静かに滝を眺め始めた。

 しかし、その横顔からは何処か哀愁が漂っている。


 そんな彼女の表情を俺は知っていた。


 それは画面越しで何度も見た表情……間違いない彼女はRoele(ロエル)だ。


 ちょっとした気分転換のつもりが、有名人と遭遇することになるとは、人生何があるか分からないものだな。


 出会えたことは普通に嬉しい。

 そして実物の彼女は動画で見ていた時とは比べ物にならないぐらい綺麗だと思った。


 ほんの少し声をかけてみたくもあったのだが、流石に今は無理そうだ……

 完全にプライベートに見えるし、迷惑になるだけだろう。


 正直このままRoeleを見ていたい気持ちもあったが、それは流石に気持ち悪いから辞めておくことにした。

 俺は滝の素晴らしさを十分に堪能したし、後は彼女に譲ってあげるとするか。


 そう思ってバレないようにそっと来た道を戻ろうとした時、「よしっ!」と何かを決意したようなそんな声が聞こえてくる。


 俺がもう一度彼女の居る方を確認すると、滝に向かって歩き出すそんな姿が見えた。


 ん?、滝に近づいて一体何をしようとしてるんだか。


 そんなことを疑問に思った次の瞬間、急激に加速をした彼女が勢いよく滝に向かって飛び込んだ。


 嘘だろ!?


 俺は慌てて彼女の落ちた所を除き込む。

 

 ドドドドドッ!!


 先程までは心和ます綺麗な音に聴こえていたのたが、今はそれが一変して恐怖の音に変わり果てたのだった。


 ドドドドドドドドドドッ!!!


 もちろん、滝の勢いは弱まることなく激しいままだ。

 それから数秒ほど観察し続けたが彼女が浮いてくる気配はない。

 

 不味いな、完全に呑まれてしまっている。


 俺はすぐさま上着と中に着ていたTシャツを脱ぎ捨てると、彼女の後を追って滝の中へダイブした。


「うっ、うぐっ!」


 冷てぇ


 水流が激しく、その圧力で思わず酸素をいくらか吐き出してしまうがそこは気合いで何とか堪えた。

 そして、彼女を見つけるために出来る限り身体を小さくしながら荒れ狂う水中で目を凝らす。


 すると、かなり下の方で沈んで苦しそうにもがいている彼女を発見した。

 

 俺はそんな彼女に近づいて体をグッと掴むと、思いっきり引き寄せる。


 その場から上がるのは困難だと判断した俺は水中で素早く横移動を開始した。

  

 先程はまでもがいていた彼女が大人しくなっていることからしても余り時間がない。


 俺は速度を上げてその場から離脱すると、急いで上昇を開始するのだった。



「ぜぇぜぇ、マジで死ぬかと思った」


 何とかして陸地に辿り着いた俺は、意識を失っている彼女の様子を伺った。


 くそっ、呼吸をしてねぇ……


 確かこういう時は心配蘇生法を・・・

 そこまで、考えたところで戸惑ってしまう。


 人工呼吸ってキスになるんじゃ!?

 俺はまだ女性と手を繋いだことすらないんだぞーーっじゃなくて今はそんなことどうでもいいだろ。

 兎に角、助けないと。


 決意を固めた俺は彼女の顔へと自分の顔を近づけた。


 そして唇が触れるか触れないかの所まで近づいた時、彼女の手がピクリと動く。


 俺は反射的に身体を起こした。


「ケホッ、ケホッ、ケホッ」


 口から大量の水を吐き出した彼女はなんとか無事に息を吹き返すことに成功したのだった。


 本当に良かったのだが、勿体ないことをした感は否めないな……


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