不思議なまでにゴージャス
自分の意見を完全に否定された美里さんは愕然としていた。
まさか、音葉が抵抗するとは思ってもみなかったという感じなのだろう。
今までは母親の言葉、美里さん言葉を全て正しいと判断し、自分の考えを全て否定してきた音葉を知っているからこそ、物事を強く言えばそれで終わりだ、とでも考えていたのかもしれない。
でも、そうはならなかった。
今の音葉は自分の意見を持っている。だから、もう言われたままに動くロボットではないのだ。
「なっ、何を訳の分からないことをっ!」
状況が飲み込めてきた美里さんは驚愕から一転して怒りを露わにした。
そんな状況になっても音葉はジッと美里さんの目を見て視線を逸らさない。
しかし、次の美里さんの悲痛な訴えが音葉の決意を揺らがせた。
「音葉、貴方の我儘は鈴菜さんにとっても私にとっても本当に迷惑なモノなの!それを分かってる!?
特に私なんかは、貴方のくだらない反抗によって減給されてしまうことになるの!!つまり、私の生活が苦しくなる、というか出来なくなるのよ。まともに服も買えなくなるし食事だって大して出来ないわ。
貴方をこれまで側で支えてきた私に対してその仕打ちは酷いわ。ありえないっ!」
ヒステリックな話し方をする美里さんに店内からの視線が幾らか集まっていた。
まぁ、ここまで騒いでしまえば当然の結果だといえてしまうが……
「えっ、どうして私がこうして主張することが美里さんの給料に関係してくるの?」
音葉は純粋な眼差しで美里さんの言葉を待っている。
そんな姿を見て美里さんは少し言葉を詰まらせながらも説明を始めた。
「……別に直接関係があるわけじゃないわ。ただ貴方がそうやって自分よがりのやり方を貫いた場合、次に出す曲で必ず失敗するはずよ。もし、そうなった時に私に影響が出てくるの、分かるでしょ!?」
「私が失敗したら、まともに服も食品も買えなくなっちゃうくらいに減給されるって……まさか、お母さんがそんな酷いことを」
自分の行動で他人に迷惑がかかると聞かされて、音葉は先程までの勢いを完全に失ってしまっていた。
でも、それも仕方ないことだと思う。まさか自分の曲の売れ行きだけで生活に困窮してしまうほど、他人の人生を左右するのだと言われてしまえば、誰だって戸惑うだろう。
少なくとも優しい音葉は特に気にしてしまう筈だ。
ただ、それらのことは美里さんの言ってたことが全て事実であればの話にはなるのだが……
「あの、少し発言してもいいですか?」
俺がそう言うと音葉は不思議そうに、美里さんは睨みをきかせながらこちらへと顔を向けてくる。
「何よ?」
「いえ、ちょっと気になることがあったので……」
2人が沈黙を貫いたのを肯定と捉えて俺は口を開いた。
「美里さんの言っていた減給についてもう少し詳しく教えて頂けませんか?
そもそもの基本給から減給されてしまうのか、音葉の音楽が売れたことによって貰えているボーナス的なものがあると仮定して、その分のお金が減ることを減給と言っているのか、またそれ以外の何かがあるのか、その内容を明確に教えて下さい。」
「うっ、……な、なんでその必要があるのよ!?」
美里さんは都合の悪い情報があるのか、かなり動揺した様子だった。
額からも薄っすらと汗が滲み出ている。
「そりゃ、あるに決まってるじゃないですか。
基本給はしっかりと定額貰っておきながら生活できないと言っているのであれば、それは貴方自身のお金の使い方に問題があるということになります。
それを音葉へと責任転嫁するのであれば見過ごせるはずもありません。」
「そんなのアンタの言いがかりでしょ、何の根拠もないことじゃない。それにアンタは音葉の何なのよ!?」
「音葉は俺にとって大切な友達ですよ。
それと根拠の方ですが、美里さんの言う通り何もありません。でも、それは音葉のお母さんに確認すればある程度は分かることです。
……ところで初めからかなり気になっていたんですが、美里さんは随分と高価なものを身につけてますよね。その腕時計は俺でも知ってるぐらい有名なブランド品ですし、耳につけてるピアス、それダイヤですよね。
ネックレスなんて純金なのではありませんか?その他にも鞄といい靴といい随分と良さげなものを持ってますね。
失礼ですが、いくら有名アーティストのマネージャーとはいえ、俺には貴方にとって身に余るものであるように見えるんですが……」
俺がそう指摘すると、美里さんは僅かに目を泳がせていた。
やはり、隠し事をしているのは間違いなさそうだ。
「……それはアンタが貧乏人だからでしょ。物の価値もまともに分からないような平凡な家計に生まれてるくせに偉そうなのよ。
もう、いいでしょ。私はこれで帰らせてもらうから。
もちろん鈴菜さん説得の協力は一切しないわ、そんなの断固拒否よ。
それと音葉、貴方のその生意気な態度は鈴菜さんに報告させてもらうからね」
美里さんはやや早口気味にそれらのことを伝えると、そそくさと席を立って店を出て行ってしまった。
協力は断固拒否ね……
「そんなのこっちから願い下げだっつーの。」




