理解できない状況ほど怖いものはない
母親に会いに行った音葉からメッセージが届いたのは、14時を過ぎた頃だった。
俺は特にすることもなかったため、ベッドの上でゴロゴロとしていたのだが……
「えっ……」
音葉が送ってきたその内容に思わず声が漏れてしまう。
俺は慌てて体を起こすともう一度メッセージを読み直した。
――ゴメンね碧、やっぱり私には無理だった。――
無理って……もしかして失敗したのか?
音葉が今日何を母親に言ったのかは知らないが、現状を変えるために何かしらの想いを伝えたに違いない。
そして、この短い文から読み取れることは、やはりそれが上手くいかなかったということなのだろう。
どのみち、どんな内容にせよ良い報告は聞けなさそうだ。
とりあえず状況を把握するために、音葉に対して確認のメッセージを送る。
しかし、その返信は16時になっても返ってこなかった。
普通なら、たかが2時間程度だと感じるかもしれない。
でも今回はそうはいかない。
メッセージを見ないなら電話しかないか……
あの弱っていた音葉にさらにダメージを与える出来事があったのだとしたら、流石に放っておくわけにはいかなかった。
ホントにただ気づいていなかったのなら、別にそれでいい。
そんな想いでコールボタンをタップする。
お願いだから出てくれ。
もし、音葉になにかあったのなら完全に俺のせいだ。俺が彼女を焚きつけたせいで……
コール音が何度か鳴り響いた後、通話が繋がった。
「おい音葉、大丈夫か?」
『……』
しかし、相手は何も喋らない。
たが、繋がっているのは確かなようで、人の呼吸音のようなものが感じられた。
「大丈夫なら返事しろって!」
『ご、ごめんね碧、私失敗しちゃったの。』
2回目にして聞こえてきたのは少し声を掠らせた、音葉の声だった。もしかして泣いていたのだろうか?
そして俺の予想していた通り、その声からは元気さが感じられなかった。
でも……
「……良かった。」
音葉の声を聞いた俺はほっと胸を撫で下ろした。
『えっ、良かった!?
私、失敗しちゃんたんだよ?』
音葉は驚いたような声で、失敗という部分を少し強調してくる。
「いや、悪い、別にそういう意味じゃなくてだな……」
『じゃあ、どういう意味?
流石に弁明できないと思うんだけど。』
確かにあのタイミングだとそう勘違いするよなぁ……
うん、これは俺が悪い。
ここは素早く訂正しておくべきだろう。
「ホントに違うって!
なんと言うかだな……単に音葉が生きててくれたことに安心したんだよ。」
『へ?
もしかしてかなり心配してくれてたの!?』
音葉の声のボリュームが少し大きかったため、俺は反射的に耳元にかざしていたスマホを遠ざけた。
「っ、そんなにしてねーから。
あっ、それと言っとくけどさっきの言葉、ホントに深い意味はないからな。
ただ、俺のせいで母親に会いに行って、そのことが上手くいかずに死なれたりなんかしたら、音葉の背中を押したことに一生後悔してただろうからさ。
つまり心配してたのは、全て自分のためってことだ」
『そう……やっぱり碧は優しい。』
「なんでそうなるんだか……
まぁ、いいや。それで何があったんだ?」
『ちょっと、いろいろとね。』
俺がそう聞くと、音葉の声のトーンが数段下がった。
そこまで落ち込むほどの内容だった、ということなのだろう。
それを予期した俺は密かに気を引き締めるのだった。
それから30分程かけて今日、音葉にあった出来事の全て聞かせてを貰った。
そして、それを聞いた上での俺の感想としては母親の意見も分かるにはわかるってところだろうか……
確かに言ってること自体は理解も出来るし、納得出来る部分も多い。
でも、少し前のやり取りで知ったことだが、音葉は俺より一歳年下の16歳だ。
完璧過ぎる見た目のせいで自分よりほんの少し高く見積もっていたのたが、まさかの年下だったと知った時はおおいに驚いた。
そんな16歳の子供に仕事だの稼ぎだのと、いろいろ言うのはいささか早すぎるだろう。
自慢じゃないが俺なんて働いた方がいい状況にも関わらずに家でこうして暇してるんだからな。
――バイトした方が良いよな……
と、それはひとまず置いといて今は彼女のことだ。
俺は一度頭の中を空っぽにして、これからのことについて思考を巡らせた。




