容姿に関係なく、人には等しく苦労が存在する
「斗真君、おはよう」
「おう、斗真じゃねーか、やっと来たな」
二年の教室に入るとすぐ、斗真の周りにドッと人が集まって来て俺と斗真は簡単に引き離された。
これは学校ではいつもの光景で人気のある斗真と俺が会話できる機会なんて殆どない。
しかし、いくら人気者の斗真とはいえど、決してクラスメイト全員が斗真のことを好いてくれる訳ではなかった。
それは、俺たちから少し遅れて教室に登場したもう1人のイケメン、小藤明宏がその一例だろう。
「わっ、明宏君、おはよう」
「明宏、おそいよぉ」
小藤は斗真と同じくらいの身長で、かなりガタイのいい男性だ。そして、斗真とはまた違ったタイプの魅力を持ったイケメンである。
純正派イケメンの斗真とワイルドオラオラ系男子の小藤、それが、現在この学校で二大イケメンと呼ばれる二人だった。
そんな彼らが同じクラスになってしまった今年度、俺たちのクラスは学校一注目を浴びていると言っても過言ではないのだ。
なんせ両者共にファンクラブができるくらいだからな……
俺はチラリと2人の様子を伺った。
あらヤダ、もうこんなにも人だかりが出来ているわ……
まるで人が砂糖に群がるアリのようね!
なんてことを負け惜しみで思ってしまう自分が情けない。
流石にあそこまで目立ちたいとは思わないが、俺も人並みに恋愛をしてみたいと本心では思っている。
でも、そう思う反面、モテる為にする努力とかが面倒でなかなかする気になれない。
それに……努力しても無駄だろ、と思ってしまっている自分が居た。
とにかく人前に出るのとか好きじゃないし、こうして教室で静かに過ごせる時間も嫌いじゃない。
なんかいろいろと矛盾してるな、おい……
ちなみにこうして斗真たちイケメンに群がるアリ……もとい、生徒達にも大きな違いがあった。
それは男女比だった。
斗真の周りには男と女が半分ずつくらいの割合で集まっているのにも関わらず、それに対しての小藤は女の比率が圧倒的に高い。
それは女性の数の差ではなく、男性の数の違いだった。
誰に対しても優しく接する斗真とは違い、小藤みたいなタイプは好き嫌いがハッキリしている。
正直、俺も苦手だ……
なんていうか、ザッ遊び人て感じだな。
「くそぅ、何で俺はこのクラスになっちまったんだよぉ」
「あのイケメン2人、マジで爆ぜろ」
席に取り残された日陰組の男性陣達が恨めしそうに彼らの姿を見つめていた。
完全にハズレくじを引いてしまったカタチになる。
これからの彼らの青春は酷く難航することだろう。
ああ、可哀想に……って俺もか、アハハハ……
なんだか虚しくなった。
しかしそんな中、彼らの目はまだ完全には死んでいなかった。メラメラと瞳の中の炎を燃やして、大きく意気込んだ。
「いや、大丈夫だ。なんてたって俺たちには天音さんが付いている!」
「うわっ、やっぱ何度みてもマジ美人だわぁ」
「我らの女神よ!!」
負けた男たちの視線の先には1人の可憐な女性の姿があったのだ。
彼女の名前は天音 雪この学校で三大美女と呼ばれる女性のうちの1人だった。
元々は三年の先輩に1人とこの天音の2人で、二大イケメンに並ぶ二大美女だったのだが、今年入ってきた一年の中にこの2人に並ぶくらいの美人さんが入ってきたらしい。
その為、今では三大美女と、そう呼ばれている。
そして、陰たちがそんな天音を見て、そう騒ぐのにはちゃんとした理由があった。
人気で溢れ返る斗真たちとは違い、天音の周りには人だかりが出来ていない。
もちろん、男たちはお近づきになりたいと、常に熱い視線を送っているのだが、天音自身がそれを許さなかった。
声をかけてくる男子全てを適当にあしらい、基本的には1人で過ごしている。
つまり俺と同じ……孤高という存在なのだ!
そして彼らが彼女のことを女神だと呼ぶ理由は、彼女が斗真や小藤みたいなイケメンにもなびかない女性だったからだ。
あれは新学期を迎えた初日の出来事だった。
クラスで天音の姿を見つけるなり早速、小藤が彼女にアプローチをかけに行ったのだ。多分、本気ではなく遊び目的だったのだろうが……
そして、小藤には普通の女ならコロっと振り向かせてしまえるだけの容姿を持ち合わせている。きっと、天音さんも乙女のような表情をして靡いてしまうに違いない、とその場を見ていた誰もが思っていたはずだ。
が、しかし、天音は他の男子たちと接するような感じで、もしくはそれ以下の態度で小藤を適当にあしらってしまった、というそんな出来事があった。
それがきっかけで、陰たちは天音を神聖視し始めたのだった。
そう、ひとは見た目じゃない!中身なのだと……
結局相手にされてないという状況は変わっていないというのに、呆れたもんだ。
その一方で、小藤を蔑ろにした彼女にも、その弊害はもちろんあった。
「何よあの態度、お高くとまっちゃって」
「ちょっと可愛いからって、マジでうざいんだけど」
小藤に想いを寄せていた生徒達からの嫉妬、さらに自身のプライドを傷つけられた小藤も彼女のことを酷く嫌った。
その為、彼女と関わったことによる自分達への飛び火を怖がり、全く関係のない生徒達まで寄ってこなくなってしまっている。
だから天音さんの周りには、誰も居ないといった異様な空間があった。
美人にもなにかと苦労はあるもんなんだな……
俺は他人事ながら、少しだけ可哀想に感じていた。かといって、声を掛けるわけでもないんだが。
うん、関わらないのがベスト、それに本人もそーゆことは望んでないだろう。
今日もそんな感じで長い一日が始まり、授業を終えて昼休みがやってきた。
俺は長い前髪の隙間から僅かに見える、視界を頼りに今日も静かな場所を求めて弁当を持ち歩いていた。
あんな曲者ぞろいの教室の中に居たら、普通に息がつまりそうで仕方ないから!
特に小藤たちの陽キャグループは俺たちのような最下層の存在をからかってよく楽しんでいる。
俺はそんな彼らとの接触をなるべくさけるため、2年に上がってからの昼休みには必ず教室を出るようにしていた。
あんなとこにいたら病気になりそうだ。うん、なんていうかストレスで胃に穴があくパターンだな。
そして階段を颯爽と登り目的の場所へと到着する。
よし、今日も暖かいおてんとさまの元で気楽な食事と行きましょーか!
俺は屋上の扉を開けるべく、ドアノブに手を伸ばした。
分厚い金属で出来たドアの重みが右手首にずっしりとのっかってくるのを感じると、続いて『ギィー』っと少し鈍い音を立てて扉は開かれた。
ザァーーー、ザァーーーー
なっ、なっ、なんだと!?
残念な事に今日は雨だった。それも視界すら霞む大雨だ。今朝は晴れてただけに予想外過ぎた。
傘持ってきてねーし、天気予報見ときゃ良かったな。
しかし、問題は別にもあった。なにせ今日が2年になってから平日に降った初めての雨だったのだ。
やべっ、雨の時の食べる場所を完全に失念していた。
一年の頃は雨でも教室で食べていただけに、もちろんそんな場所を考えたことはない。
こうなったら今から探すしかないな。
俺はすぐ気持ちを切り替えて、新たな場所を求めて校舎内をさまよった。
すると、普段から人気のない場所にある化学の準備室から妙な声が聞こえてきた。
ん、何だ? こんなところに誰かいるのか?
それは近づくに連れてはっきりと聞こえてくる。
「あっ、んっ、ちょっ、アキ、バレちゃうって」
「大丈夫だ、こんなところ誰も来やしねーから。それより、そろそろイキそーだ。出すぞ」
「んっ、うん、来て、私も!」
そして、声を抑えながらも響きわたる、艶めかしい喘ぎ声。
おうっ、おふっ、こ、これは完全にヤッテンナ……
それから間もなくガサゴソと服を着るような音が聞こえて来たため、俺は慌ててすぐに近くの物陰へと隠れて様子を伺った。
本当は直ぐにでも逃げ出したかったが、俺の存在がバレた時の気まずさを考えるとこの場から動かずにやり過ごすことを選択する。
お願いだ、こっちを向いてくれるなよ。
暫くして、同じクラスの憎きイケメン、小藤が出てくる。
アキって……小藤のことだったのか。
まぁ、想像して通りといえば想像通りだけど、まさか学校でとか驚きだわ。なんかドン引きだな。
その数分後、周囲を警戒しながらギャルっぽい一人の女子生徒も出できて、しだいにその足音が遠のいていった。
何とかなったな……
バレることなくやり過ごした俺は小さく一息つく。
ったく高校生ってのはこうもお盛んなもんかねぇ、こんなの、エロい動画や漫画でしか知らないっての。
――って違うだろ。大問題じゃねーか。
たった今激しく小藤と激しく交わっていた女性、彼女は俺たちのクラスの中でも一、二を争うぐらいに斗真のファンクラブを牽引している東雲風花だったからだ。
いや、別に斗真と付き合ってる訳じゃないからセーフなのか?
流石にそれはないな。だってこのご時世、あの二つのファンクラブはバチバチだぞ!そして今回の一件は確実に裏切り行為に値するはずだ。
もし、このことがバレたらそれこそ、リンチというかミンチ……
それに東雲に至っては結構、小藤ファンクラブの女たちとドンパチやってるからなぁ。
バレたら冗談抜きでお陀仏確定だ。
にしても、真っ昼間にこんなことを学校でって大胆だな。
なんていうか、女、恐るべし……
それよりもだ、この事実を知ってしまった俺はどうするべきなんだ?
斗真に伝えるべきだよな……
いや、しかし彼女は斗真とかなり仲が良い。
別に斗真、本人はファンクラブだのどうだの気にしないだろうが、この事実を知ってしまった友人が悲しむ姿をあまり見たくはなかった。
少なくとも俺からは伝えたくない。
だったらファンクラブ連中にこっそり情報を漏らすべきか?
だが、それだと結局斗真に大きなダメージがいく。
それに仲間達、及び小藤ファンクラブからの集中砲火を浴びせられる彼女の姿を、あの心優しい斗真が黙って見てるはずもない。
となると東雲本人に直接抗議して小藤との関係を絶ってもらうのがベストだな。
それでいて、斗真からも少しずつフェードアウトさせる。
正直、あんな汚れた女を斗真に近づけたくない。
しかし、その考えをすぐに実行する気にはなれなかった。
それは関わって面倒事に俺自身が巻き込まれるのを恐れてのことだ。
クラスの争いの中心にいる人物である彼女関わると、流石に目立たずにはいられないだろうからな。
その結果、俺は斗真に悪いと思いながらも一旦保留にすることになったのだった。
そして、それからの斗真と東雲の関係はというと、これまでと変わらずに仲良さげに会話を交わしていた。
俺は楽しそうに会話を交わす斗真の姿に胸が苦しくなったのだが、やはり彼らの争いに関わるのゴメンだった。
悪いな斗真、俺が弱いばかりに……あんなこと知らないままの方が楽だった。