テーマパークデート②
胸の高鳴りが落ち着いた後、俺たちは当初の予定通り例のジェットコースター待ちの列に並んでいた。
「ねぇ、碧。さっきはごめんね。それと私は気にしてないから」
「ああ、うん。俺も全く気にしてないよ」
俺がそう答えると、音葉は複雑な表情を見せる。その真意は分からなかったが、そんな分かりやすい嘘をつくなと言いたいのだろう。
正直、めちゃくちゃ気にしてる。というか、意識せざるを得ない状況だ。
音葉の視線は未だに俺の右手の中にあるジュース(最早おやつ)の入ったカップへと向けられていた。
彼女の頬はまだほんのりと赤みを帯びている。多分、俺も同じはずだ。
そしてカップの中身の方は数十分経った今でも半分以上は残っていた。
まぁ、2口ほど飲んだだけなのだから当たり前なのだが……
実は音葉との間接キスを指摘してしまったばかりに、今度は俺が飲み辛くなってしまったのだ。
だってそうだろ?、先程まで音葉の口に咥えられていたストローが目の前にあんだぞ!?
それを知っていながら、ここに口を付けた時点で最早犯罪者と変わらない。セクハラで通報されてそのまま刑務所行きが確定することだろう。
だからこそ、さっきから一度もストローに触れていない。
勿論、ストローを使われたことに関しての不快感は微塵もない。寧ろ少し役得な気分だ。
でも、音葉の本心が分からないのが問題だ。
「碧、私はホントに大丈夫だから気にせずに飲んで欲しいかな。もし、そのストローが嫌なら今からでも交換してくるから」
こんな優しい彼女の言葉でさえも、私が生理的に受け付けないの、お願いだから交換してきて、と遠回しに言われているような気もするのだ。優しい音葉に限ってそんなこと考えているはずもないのだが、我ながら絶望的なまでに思考が歪んでいる。
「音葉は本当に嫌じゃなかったのか?」
「うん、なんならもう一度飲みたいくらい」
そうか……そんなにこのジュースが気に入ったのか。
「だったら飲むか?」
「……うん」
俺が音葉にカップを差し出すと、彼女は意を決して恐る恐る口を近づけてくる。
あれ?……嘘だろ、もしかしてこのままの体勢で飲むつもりなのか!?
カップを受け取ってくれるとばかりに考えていた為、完全に予想の斜め上の方向性だ。
こんなのスプーンを持ってお互いにパフェを食べさせ合うバカップルと同じだぞ!?……知らんけど。
かといって、ここで口を挟むのも憚られた。少し重くなってしまっていた雰囲気を取り戻す為に、音葉がここまで身体をはって頑張ってくれてるのだ。それを止めてぶち壊すなんて、人としてやっちゃいけない。
寧ろ、そんなやつがいたら、俺がぶっ潰してやる。
音葉のぷるりとした唇が僅かに開かれた。どうやったらここまで魅力的な質感になるのだろうか?
俺が毎朝、リップクリームを塗って保湿していたとしても、多分同じようなツヤにはならないはずだ。
俺は、なるべく手を震わせないように気をつけながら、彼女がストローを咥え込みやすいように細かい位置調節を繰り返した。
パクリ——
そんな幻聴の効果音が聞こえてきたような気ががする。
ヤバい無心だ、無心になれ。
「んん、甘〜い!!
……ほら、見てないで碧も飲んで!」
「分かった」
俺はゴクリと唾を飲み込むと、考えることを放棄した。
多分、一度深く考えてしまったらもう無理だ。
「うん、甘いな……」
俺の感じた甘さが、なんの甘さだったのかは正直分からない。やましい気持ちは多分ない……と思う。
「あっ、今気づいたんだけど、それ早く飲んじゃわないとアトラクション乗れなくない?」
確かに、流石にこのカップ式のものじゃ、蓋がついてるとはいえ、足元に置くのはかなり不安だった。しかも今回は落下角度が130度ときた。きっと走行中に宙を舞うことになると思う。
「うん、ヤバいかもな……」
少し急ぎ気味で再びストローを咥えるも、甘さに負けてなかなか進まなかった。何というか、生チョコを沢山食べると気分が悪くなる感覚に似ている。
それに喉を潤わすつもりで買ったはずなのに、逆に水分が欲しくなってしまう。まぁ、それは分かりえた結果だったんだけどね。
なんか、いろんな意味で間違ってるな。最初から薄々分かっていたことではあるけど。




