彼の居ない食事会① 〜 side 音葉
「音ちゃん、前から言ってたと思うけど、明日の夜は空けといて下さいね」
「あっ、うん。分かってる……」
そういえばそうだった。
確か明日は『start Line』の大反響を祝う食事会が開催される予定のはずだ。今までで1番の反響になると自信はあったのだが、まさか総再生回数が1億を超えるなんて思ってもみなかった。
集められるのは私のことを知っている関係者ばかりと聞いている。だから、馴染み深いメンバー達と楽しい食事をするのだと考えても良いはずだ。
そんな嬉しいはずのそんな食事会……しかし、私はあまり乗り気にはなれなかった。
だって、だって、なんで碧が参加しないのよ!
そんなこと許されるはずがなかった。
あの歌は私と碧のものなのに……
もちろんミュージックビデオの制作過程での関係者や、曲のアレンジを手伝ってくれた人たちと一緒に作り上げた作品であることはよく理解してるつもりだ。
本当に感謝だってしてる。
でも、主役と言っても過言ではない碧が居ないのだけは絶対に違う。
だから、ありえない、いや、こんなことがあってはいけないのだ。
「ちょっと、音ちゃんの考えてることくらい何となく分かりますけど、そんな顔してないでもっと元気出して下さいよ!
それに、碧君本人が参加を望んでないことなんですから仕方がありませんよ」
不貞腐れていた私に声を掛けて来た歌織さんの言葉に、私は再度肩を大きく落とす。
だって、私を悩ましたのはこの部分なのだから。
そう、実はこの食事会の誘いを断ったのは歌織さんの言う通り何をあろうことか碧、本人だったのだ。
ついでに、碧を誘ったのは私ではなくお母さんだったというところも気に食わない。
それも私には何の報告もナシにだよ!?
うん、ホントに許せないわ……
私がその話を聞いたのは全てが終わった後で、碧が今回の誘いを断ったっていう結果だけだった。
知らない間に誘って知らない間に断られてたなんて、そんなのダメに決まってるよね?
せめて私から碧を誘いたかったのに……
そのことでお母さんにもいろいろと抗議したのだが・・・
「音葉、分かってるとは思うけど、碧君、あまりこういう事が好きじゃないタイプでしょ。だから、無理させるのも悪いかと思って今回は私の方から直接伝えさせて貰ったの。
だって貴方が頼んだら碧君、無理してでも出て来ちゃいそうだし……」と、むず痒くなるような、正論を言われてしまって返す言葉がなかった。
ただ、私が頼んだら無理してくれるという部分はやはり聞いていて、ちょっぴり心地が良い。
そんな曲がった感情を持つ私の性格は少し歪んでいるのかもしれない。
「まぁ、碧に無理させちゃいけないしね……」
「そうですよ、音ちゃん。
碧君、撮影時期は上手く隠してるつもりだったのかもしれませんが疲れた様子が滲み出てました」
うん……そうだよね。
これは当たり前のことだが、碧に無理をさせたくない気持ちは私にもあった。
確かにあのMV撮影の時の碧は、楽しんでる反面、少し無理してる感じがあった。
私のお母さんの知り合いとはいえ、彼の周りに居た人達は彼にとっては、顔も見たことのない知らない人達で固められていたという事実に変わりはない。
それに、多くの初めてを短期間で一気に経験したのだ。
関係者の人達とのコミュニケーションと慣れない役者というポジションに苦戦していたところを私は遠くから見ていた。
だから、疲れて当然の環境だったのだ。
……うう、でも今回は絶対に碧に来てもらいたかったわ。
正直、私が単純に碧に会いたかったってのもあるけどね。
ああ、どうせなら、私も休もうかな……
「音ちゃん、分かってるとは思いますけど、ダメですからね」
「……はい」
もう、心読まないでよ歌織さん。
私は碧のいない食事会を想像して、大きなため息を吐いてしまったのだった。




