あおいさんを知ってますか?
「うお、やべっ!」
東雲のサーブを天音さんが危なげなく拾うと、俺に対して綺麗なパスを送ってくれる。
しかし、繋がれた筈のそのボールは、俺の些細なミスによって敵陣にいる音葉の方へと流れていってしまった。
「音葉ちゃん、そっち行ったわよ!」
「はい、任せて下さい! えいっ、……あっ!」
「大丈夫、任せて」
音葉が上げたボールは少し風に流されてしまったが、そこは姉さんがしっかりとフォローしていた。
「風花ちゃん!」
「よしっ!キタキタぁ!」
そのボールを今かと待ち構えていた東雲は強烈なスパイクを俺たちのコートに突き刺した。
「風花ちゃん、ナイス!」
姉さんのあの一撃によって音葉達のチームが息を吹き返してしまった。
姉さんを中心にコミュニケーションを取ることによって少し前までの穴を完全に消されてしまっている。
それからは、普通にいい試合になっていた。
ただ、俺が足を引っ張ってる感は否めなかった。
だって、俺の方に飛んでくるボールの割合が多いんだもん。
完全に狙われてるよコレ……
先ほどの東雲のスパイクにしてもそうだ。
天音さんが確実に動かないようなコースを選んだのか、俺の近くのスペースにボールを打ち込んできていた。
うう、実力不足を痛感するぜ。
「天音さん、ごめん」
「ううん、相手の方が人数多いんだから、対応出来ないボールがあって当然だと思う。それに碧君の動きどんどん良くなってきてるから私としても心強いわ」
天音さんはそう言って励ましてくれたが、彼女なら俺の取れなかったボールの大半は、きっとカッコよく拾ってしまうのだろう。
神様、才能ってズルいですよね……
って、そんなこと思う前に頭を使わないとだよな。
とにかくこのまま負けてしまうのは嫌だ。
遊びなのは分かっているが、なんだか無性に負けたくない。
俺はそうやって無駄に熱くなっている自分に対して、少しだけ驚きを感じていた。
それは今までの俺なら考えられなかったことだった。こういう遊びなら、なおさら手を抜いていたはずだ。
しかし、最近は何かと真剣に取り組むことが多くなった。
これは俺がいい方向に成長出来てるのだと思う。
相手に得点が入ったことにより、再び東雲からサーブが放たれた。
「碧君、そっちいったわよ」
先程とは違い今度は俺の方に飛んでくる。
天音さんのよりかはやや遅いが、十分に武器になるレベルのサーブだった。
俺は素早く落下地点の下に入ると、膝をクッションにしながら優しくボールを受け止める。
ボールはフワリと空を舞う。
よしっ、上手くいった!
そして、それを天音さんがオーバーハンドで俺にトスを送ってくれる。
大丈夫、落ち着け……
歩幅、リズムに注意を払いながら3歩前進、そこで両足を揃えて地面を蹴り上げる。
すると簡易ネットの先の景色が、ハッキリと見えた。
狙うはスペース、……ここだっ!
俺は天音さんの動きを手本に腕をしならせながら、全力でボールに向かって振り抜いた。
直前で姉さんがブロックに来た為、少し逸れてしまったが、ボールはなんとか相手陣内になんとか入ってくれる。
「危ねぇ……」
「やるわね碧、なんだかボールを拾うのもかなり上手くなってきてるし……まさか今のを決められるとは思ってもみなかったわ」
「あのタイミングでブロックに入れるような人間に褒められてもお世辞にしか聞こえないって」
先程まで姉さんは天音さんを警戒していて、彼女の前に張り付いていたのだ。
それなのにも関わらず、俺の方へとボールが渡った瞬間に走り出してスパイクに間に合わせてきたというのだから驚きだった。
「碧君、ナイス!」
振り返ると天音さんがいつしかの東雲の如く手を挙げてまっていた。
ここで流石にもう間違えることはない。
俺は自然な流れで天音さんの手を叩いた。
「天音さんもナイスボールだ。丁寧にしてくれたから滅茶苦茶打ち込みやすかったよ」
「うん、ありがとう。この調子で次も頑張りましょう」
「おう、絶対勝とうな!」
俺と天音さんが声を掛け合っていたら、相手コートの姉さんから良からぬヤジが飛んできた。
「ちょいちょい、なんか二人とも雰囲気良さげじゃない?」
「別に普通だと思うけど?」
俺が首を傾げると今度は東雲が異議を唱える。
「いやいや、普通じゃないって。微妙に距離感とか近いし」
「そうか?」
「そ、そうよ!!、ただの遊びでそこまで仲良くする必要はないんだからね」
「なんか、ごめん……」
更には音葉からも小言を言われてしまった。
正直、仲が良いように見えたのなら、それは普通にいいことだと思うんだが……
しかし、3人ともが責め立てるように言ってくるもんだからまるで俺が悪いことをしたかのように感じてしまう。
そんなことを考えているといきなりボールが少し前の方に飛んできた。
どうやら試合が始まっていたようだ。
俺は殆ど無意識にボールへと駆け出した。
そして、後もう少しで手が届く、そう思った次の瞬間、突然天音さんが俺の前に現れる。
「うえっ!?」
マズイ……
余りにも突然の出来事だった為、踏みとどまることが出来なかった。
「えっ、あっ、碧君!?」
天音さんもコチラに気づいたようだったが、身体が硬直してしまっているようだ。
「うおぉぉぉ」
そして、そのまま天音さんにぶつかってしまい押し倒すような形で地面に転んでしまう。
「っ、イテテテテ……」
天音さんのそんな声が間近から聞こえてくる。
「ごめん、天音さん。ちょっとボーッとしてた」
「うん、大丈夫。それよ—— ……えっ、嘘、葵さん?」
天音さんと至近距離で目が合った瞬間、時が止まった。
あっ、やっぱり美人だな……じゃなくて、いや、もちろんそれも事実なのだが……『葵さん』と彼女は小さくそう呟いた。
あおいさんって誰だ?……あおいさん、葵さん、葵……
あっ、ヤベェかも。
そう思った瞬間、俺は顔をすぐに背けてから立ち上がった。
普段は隠れていたはずの目元が至近距離、それも下から見られたことで、素顔を晒してしまったのだ。
メイクもしてないし、多分大丈夫だろうと油断していた部分もあったが、天音さんは『葵さん』と確かな口調でそう言った。
幸いにも小さな声だった為、他の人達に聞こえた様子はなかったが、天音さんは先ほどから顎に手を当てて何かを考える素振りを見せている。
ちゃんと理解するのが遅れたが、今になって分かった。
うん、これはかなり深刻な事態に陥ってしまった。




