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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
その後の話

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93/97

胡蝶、異母兄と園遊会に出席する



 ここは緑豊かな和の庭園。

 皇后主催の園遊会――いわゆるガーデンパーティに出席していた胡蝶は、隣を歩く男性を見上げた。


「伊久磨お兄様、本当に私でよろしかったのですか?」

「おかげで皇后陛下に良い心象を与えられた。姉さんや母上だとこうはいかない」


 今回の園遊会は海外からの招待客も少なからずいるため、和洋折衷を取り入れたものとなっている。

 軽食もサンドイッチ、スコーン、ストロベリータルトといった西洋風の料理から羊羹やういろう、季節の花をかたどった上生菓子もあり、ダンスを踊れる広場も用意されているらしい。


 そのためパートナーの同伴が必須で、本来であれば恋人なり婚約者なりと一緒にパーティに出席すべきなのだが、


 ――お兄様はおモテになるのに、麗子夫人と摩理子お姉様のせいでいつも長続きしないのよね。


 つい先日も、楔形夫人に嫌がらせをされたからといって、縁談が破断になってしまったそうだし。

 マザコン男はお断りだと婚約破棄されたこともあった。


「胡蝶、今日は無理に付き合わせて悪かったな。龍堂院殿が気を悪くしていなければ良いが……」

「一眞さんは気にしませんわ。仕事がありますもの。私も彼の邪魔はしたくなかったので、欠席するつもりでしたし」


 答えながら胡蝶は、この日のためにあつらえた着物を汚さないよう注意しつつ、ストロベリータルトを頬張る。


「お兄様のおかげで、園遊会のお料理を堪能することができます」

「……そうか」


 食い意地の張った妹を微笑ましげに眺めていた伊久磨だったが、いつまでも軽食コーナーから離れようとしない胡蝶にじれて、


「僕は出席者の方々に挨拶をしてくるから、お前はここにいなさい」

「ええ、もちろんですわ」


 人脈を広げることにまるで興味が持てない胡蝶は、快く兄を見送った。

 

 結局のところ人間は人間にしか興味をしめさない。

 それ以外のことに熱中すると、変人扱いされてしまうのが世の常だ。


 そんなことを考えつつ、菓子を口にしていると、


「どうぞ、お嬢様。よろしければこちらにお座りください」


 おそらく長い時間居座ったせいだろう。

 ついに胡蝶専用の椅子とテーブルが用意された。


 さすがはおもてなしの和の国だと感心してしまう。


「まあ、ありがとう」


 胡蝶はいそいそと椅子に座ると、ずらりと並ぶ色とりどりの菓子を眺めながら、もう絶対にここから動くまいと誓った。

 案の定、その場に根が張ってしまい、挨拶に顔を出した菓子職人たちと歓談していると、


「あら、どこの子豚さんがブヒブヒ鳴いていると思ったら、胡蝶だったの」


 甲高い、癪に触るような声。

 いつにもまして悪意のこもった言葉に胡蝶は即座に戦闘態勢に入る。


「摩璃子お姉様こそ、人のことは言えないんじゃありません? それとも妊娠中とか?」

「……かもしれないわね。最近、調子があまりよくないの」


 忌々しげに答えて、キッと胡蝶を睨みつける。

 構わず胡蝶は続けた。


「それにしても、どうしてお姉様がここに?」

「何よ、いちゃ悪い?」

「当然ですわ。桜子叔母様がお姉様のことを招待するはずがありませんもの」


 あてつけがましく皇后の名前を口にしても、異母姉に反省した様子はなく、


「身内なんだから、招待状なんて必要ないでしょ。それより伊久磨はどこよ」

「さぁ、知りませんわ」

「嘘おっしゃいっ。今すぐ伊久磨のところへ案内して、あんたはさっさと帰りなさいよ。あたしがいる限り、あんたは不要なんだから」


 異母姉のわがままは今に始まったことではないが、至福の時間を邪魔されて、胡蝶も怒り心頭だった。


「いい加減になさいませ、お姉様。さもないと……」


 椅子から立ち上がって異母姉に脅しをかけようとしたまさにその時、


「胡蝶ったら、こんなところにいたのね」


 顔を上げれば、ひときわ華やかな一団がこちらに向かってゆっくりと歩いてくるところだった。

 皇后桜子とお付きの女官たち、さらには取り巻きの奥様方も一緒だ。


「あら、そこにいるのは楔形夫人ね」


 身内でありながらあえて下の名前で呼ばなかったのは、叔母が異母姉のことを嫌っている証拠である。

 こういうところは紫苑とそっくりだ。


「どうして貴女がここにいるのかしら? 伊久磨には、貴女と麗子夫人だけは連れてこないよう、きつく言い聞かせたつもりだけど」


 貴族社会の上位に位置する女性たちを前にして、さすがの摩璃子も形無しである。

 先ほどの勢いはどこへやら、うつむき加減でおどおどと視線を泳がせる。


「楔形夫人、皇后陛下の御前ですよ。質問に答えなさい」

「その前に、膝を折って挨拶くらいなさったらどうなの?」

「無作法な娘だこと。もっとも母親があれでは、仕方がないのかもしれませんわね」


 クスクスと嘲るように笑われて、摩璃子の青白い肌が真っ赤に染まる。


「母とあたくしは関係ありませんわっ」


 思わず言い返してしまい、摩璃子はハッとしたように口を押えるが、時すでに遅し。

 彼女たちの視線はいっそう冷たいものとなった。


「まぁ、呆れた」

「陛下の御前で口答えをするなんて、ひと昔前なら即座に牢獄行きですわ」

「楔形家当主にはよくよく注意して頂かないと」

「花ノ宮家のご当主にもね」


 お付きの女官たちにねちねちといびられて、ついに摩璃子は「申し訳ございません」と蚊の鳴くような声で謝罪の言葉を口にする。

 その様子をすぐ近くで見ていた奥様方は、そんな彼女の姿に同情したのか、


「楔形夫人の無礼は今に始まったことではありませんわ」

「ええ、本当に」

「生まれた時から自由奔放でいらっしゃるのよね」


 皮肉ともとれる言い方で、とりなすように皇后の顔を見る。


「楔形家に連絡して、家の者に迎えに来ていただきましょう」

「当主はご在宅かしら」

「そういえば数日前、貴女のご主人を銀街で見かけたわ」


 皇后のそばに立つ侯爵夫人が、思い出したように口を開く。


「若い女性を伴っていらしたけど、ご親戚か誰かかしら」

「聞いた話によれば、姪っ子さんだとか」

「そのわりに身なりがあまりよろしくなかったそうよ。まるでどこぞの商売女のようだとか……あら、失礼」

「夫の管理も妻の仕事のうち。若い芽は早めに摘んだほうがよろしくてよ」

「そうね、夢中になる前に手を打つべきだわ」


 摩璃子は今度こそ色をなくし、一体なんの話をしているのかと、胡蝶は叔母の顔を見た。

 しかし叔母は、


「胡蝶、貴女は何も心配することはありませんからね」


 と優しく微笑むばかり。


「そうですわ。あの龍堂院様に限って……ねぇ?」

「胡蝶様のことを一途に想っていらっしゃるもの」

「噂をすれば……ほら」


 ご婦人方の視線の先を辿ると、紫苑と一眞が足早にこちらに向かってくるところだった。

 いつもなら紫苑の姿を見て喜ぶはずの摩璃子だが、さすがに打ちのめされた様子で、顔を下に向けてうなだれている。 


「母上、これは一体なんの騒ぎですか」

「まぁ、騒ぎだなんて大げさな……。ちょっと立ち止まってお喋りしていただけじゃないの」

「とりあえずここから移動してください。母上が壁になっているせいで、招待客の方が遠慮して軽食を摂れないでしょう」


 その言葉にギクッとした胡蝶だったが、


「胡蝶、会えて良かった。おおかた、この辺りにいるだろうとは思っていましたが」


 ついに食い意地が張っていることが一眞にバレてしまったようだ。

 胡蝶は恥じらいを覚えて「おほほ」とごまかすように笑う。


「おいしいものを食べなければ、おいしい料理は作れませんわ」

「ごもっとも。ですが食後は適度な運動も必要ですよ」


 流れるような動作で一眞に手を取られて、しぶしぶその場から離れることに。


「一眞さん、お仕事はもうよろしいの?」

「庭園の警備は万全です。俺がいなくても、なんの支障もありませんよ」

「でも、紫苑が不安がるんじゃ……」

「そういう胡蝶は、俺と一緒にいたくはないんですか?」


 まさか、と頭を振る胡蝶に、一眞は珍しくいじけたような声を出す。


「ではなぜ伊久磨殿と園遊会に?」

「それは、お兄様に同伴を頼まれたからですわ」

「断ればいいでしょう、俺がいるんですから」

「一眞さんとはまだなんの約束もしていませんでしたし……」

「わざわざ約束する必要がありますか? 婚約者なのに」


 当然のように言われて、


「でしたら私、婚約者としての自覚が足りなかったようですね」


 胡蝶はしょぼんと肩を落とす。

 そんな胡蝶の姿を見た一眞は後悔したのか、


「すみません、俺も言葉が足りませんでした。貴女は家族想いの優しい女性だと分かっていたのに……」

「いいえ、悪いのは私です」

「いや、俺のほうこそ……」


 互いに押しつけ合うようにして謝罪の言葉を繰り返した末に、


「ぷっ」

「ふふふ」


 二人同時に笑い出してしまう。


 一眞は眩しそうに目を細めて空を見上げると、


「今日は晴れて良かったですね。園遊会は天候に左右されないですから」

「雨が降っていたら、それはそれで趣深いですわ」


 いつも何かに追われるようにして歩く伊久磨と比べて、一眞の歩調はゆっくりしている。

 それは自分の歩幅に合わせてくれているからだと気づいて、胡蝶は微笑んだ。


 けれど今さらお礼を言うのもおかしな気がして、


「一眞さん、どうか私のこと、捨てないでくださいね」

「……急にどうしたんですか」


 目を丸くして驚く一眞にピタリと寄り添って、胡蝶はただをこねるように言う。


「婚約破棄なんてしたら、許さないから」

「しませんよ、そんなこと。絶対に」

「本当?」

「本当です」


 一眞は目もとを赤くしてじっと胡蝶を見つめると、


「信じられないのなら証明してみせましょうか?」


 胡蝶は首を傾げつつ頷く。


「では皇族専用の休憩室に案内します」


 そこで胡蝶は、彼に深く愛されていることを身をもって知ることとなる。しかし慣れないことをしたせいか、部屋から出てきた時はまともに歩くこともできず、そのまま家に送り帰されることとなった。

 



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