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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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88/97

黒須七穂のウミヘビ捕獲作戦




 ――少し前まで極楽浄土にいたのに……いきなり地獄に落とされたって気分だ。


 胡蝶と同じ旅館で寝泊まりしているとはいえ、七穂の部屋は一番安い梅の間。壁が薄いせいか、隣室にいる客のいびきがうるさく、昨夜はろくに眠れなかった。それなのに少しでもこちらが物音を立てようものなら、


「うるさいっ、目が覚めちまったじゃないかっ」


 と怒鳴られる始末。

 こんな理不尽なことがあるだろうか。


 こちとら、貴方様のいびきのせいで眠れぬ夜を過ごしているというのに。いびきをかくのは疲れているせいもあるというが、自分だけが疲れていると思うなと声を大にして言いたい。


 ――俺だって疲れてる。皆疲れているんだ。


 なぜなら昼間は頑張って仕事をしているわけで、そんなわけで現在、七穂は全裸で山中にある露天風呂でぷかぷか浮かんでいた。一緒に入浴していたはずの美女たちは皆、逃げ出してしまい、一人だけ捨て置かれた状態だ。けして美女たちと遊んでいたわけではなく、必死に仕事をした結果である。


 ――やっぱりあいつだったか……。


 上司である一眞の命令は、胡蝶の護衛をしつつ、近くに潜む混ざり者を見つけ出して捕らえること――最初は池上水連のことかと思ったが、彼女には犯罪歴がなく、蛇ノ目との繋がりも皆無なので、すぐにマークから外した。それでしばらくは周辺をぶらついたり、温泉に浸かったりして混ざり者の気配を探ってみたのだが、


 ――あっちもかなり警戒しているっぽいな。


 見つけたと思った次の瞬間には見失ってしまう。

 下手に追いかければ逃げられるのは目に見えているので、急遽おびき出す作戦に変更する。


 ――ってか、狐野郎は最初からそのつもりで俺を送り込んだんだけどな。


 隠れて息を潜めている相手をおびき出すにはどうしたらいいか?

 そんなの、考えるまでもない。


 ――怒らせればいいんだ。誰だって頭に血が上れば、冷静な判断なんてできなくなる。


 ということで蛇ノ目に化けた七穂だったが、


 



『どこまであの方を愚弄すれば気が済むんだっ。この裏切り者めっ』


 


 

 どうやら調子に乗って派手に遊び過ぎたらしい。


 この際だからと龍堂院家のツケで、旅館を貸し切って美しい芸者たちを大勢呼びよせ、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを繰り広げた挙句、そのまま美女たちを引き連れて、混浴可能な露天風呂へ向かい、全裸になってそこでも馬鹿騒ぎしていたら、


 

「きゃーっ、蛇がいるわっ」



 なぜか温泉の中に巨大なウミヘビがいて、七穂だけピンポイントで噛まれてしまったわけである。



『じわじわと死にゆく恐怖の中で、自らの行いを反省するといい』



 ウミヘビの毒は猛毒だ。一度でも噛まれれば神経系がやられて全身麻痺状態、やがて息もできなくなり、死に至る。蛇ノ目に化けていた七穂だったが、今や術も解けて本来の姿に戻り、生まれたままの姿で、温泉に浮かんでいた。ここが海の中なら身動きが取れず、溺死していたかもしれないが、幸い浅い温泉なので、このまま溺れ死ぬことはなさそうだ。


 ――さっさと殺せば確実なのに……なんで無駄に時間を与えて、怖がらせたがるのかね。


 相手はウミヘビに化けて身を潜めていた混ざり者――蛇ノ目の部下で、仕事の手伝いだけでなく、彼の身の回りの世話までしていた池上海吉に違いない。蛇ノ目はいざという時、海吉を影武者として利用するためにそばに置いていたようだが、そうとも知らず、海吉は自分を拾ってくれた蛇ノ目に恩義を感じ、心酔している。蛇ノ目を救うためなら何だってするだろう。例え、自身の妹を犠牲にしてでも……。


 ――そろそろかな。


 目を瞑ってじっとしていると、


「仕事をサボって何をやっている?」


 上司の不機嫌そうな声が聞こえた。


「お、意外と早かったっすね」

「ずいぶんと好き勝手やってくれたようだな」

「まあ、これも仕事のうちなんで」


 へらへらと笑いながら七穂は答える。


「やることはやったんで、怒らないでくださいよ」


 だからこそ一眞はここへ来たのだ。

 ウミヘビに噛まれて動けなくなる前に、伝書鳩を使って任務完了の知らせを送ったから。


「……胡蝶の護衛はどうした?」

「そこまではさすがに手が回りませんて」


 軽く答えれば、殺気立った目で睨みつけられる。

 しかしこれには理由があるのだと、七緒は慌てて口を開いた。


「姫さんが襲われるとすれば、たぶん厠にいる時か入浴中だろ。男の俺に、そこまで付いて行けっていうのかよ」


 思わず逆切れすれば、


「そんなことをすれば殺す」


 矛盾した答えにため息がこぼれる。


「そうカリカリしないでくれよ、旦那。姫さんはきっと無事さ。大事な人質だからな。たぶん、交渉は妹にやらせるつもりなんだろう。蛇ノ目様の身柄と引き換えに、姫さんを返すとかなんとか」


「で?」


「だから、怖い顔しないでくれって。海吉には噛まれたけど、代わりに蛇ノ目様から抽出した毒をお見舞いしてやったから。すげぇ強力な奴。今ごろ動けなくて、どっかでのたうち回ってるよ」


 これぞ毒を以て毒を制す、である。

 そこでいくらか溜飲が下がるかと思いきや、一眞は相変わらず恐ろしい目で七穂を見下ろしている。


「だったらさっさと捕獲に行け。いつまで仕事をサボって、温泉に浸かっている気だ?」

「見て分かんないすか? 痺れて動けないんっすよ」

「ふざけるな。あの男の部下だったお前が、ウミヘビ程度の毒でやられるわけがないだろう」


 どうやら演技だとバレていたらしい。

 常備している解毒薬のおかげなのだが、それを説明するのも面倒で、しぶしぶ身体を起こす。


「さっさとその見苦しいものを隠せ」

「へぇへぇ」


 衣服を身に着けながら、そういえば、七穂は言った。


「池上水連の処遇は? 共犯になるんすか?」

「最終的な判断は皇子殿下が下す。余計な口をはさむな」


 そう言って、一眞は姿を消してしまった。

 間違いなく、胡蝶のところへ向かったのだろう。


 楽しい温泉旅行もこれで終わりかと、いささか寂しさを覚える七穂だった。



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