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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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84/97

胡蝶、旅館で次兄を見つける


 

 屋台で食事を済ませ、周辺を散策してから旅館へ向かう。

 そこはこじんまりとしていて、木々に囲まれているせいもあるのか、隠れ家的な雰囲気のある建物だった。

 

 戸口から出てきた中年女性が優しい顔に笑みを浮かべて言った。


「これはお客様、ようこそお越しくださいました」


 胡蝶が挨拶を返しつつ、「ここは素敵なところですね」と雑談を交わしている間に、七穂が必要な手続きを済ませて戻ってくる。


「じゃあ、姫さんの荷物はここに置いておくから。ゆっくり旅の疲れを癒すといい」

「貴方もここに泊るのではないの?」

「俺は俺でまだやることがあるんだよね。姫さんは先に部屋で休んでてよ」

「ちょっと待って。虎太郎兄さんのところへ案内してくれる約束でしょ」


 しかし七穂は「ははっ」と人を小馬鹿にするような笑い声をあげると、何も言わずに行ってしまった。

 怒って顔を赤くする胡蝶に、


「お荷物は番頭が運びますから、そのままで。先にお部屋へご案内しますわ」


 女性が優しく声をかける。

 するとまもなく慌ただしい足音が近づいてきて、一人の青年とすれ違った。


「番頭さん、お客様のお荷物は松の間へお運びして。今度は部屋を間違えないようにね」

「はい、女将さん」


 その青年の顔を見た胡蝶は、たまらず甲高い声を上げる。


「虎太郎兄さんっ。こんなところにいたのねっ」

「げっ、胡蝶。お前がなんでここに……」


 しばらく呆気にとられていた兄だったが、


「そっか、狐の兄さんがちくりやがったな」


 頭を抱えてうめくような声を出す。


「そんな言い方ってないわ。兄さんの手紙を読んで、飛んできたっていうのに」


 ああ、そういえばそうだったと虎太郎はポンっと手を叩く。

 それから困ったように頭を掻くと、


「あんなん、真に受けるなよなぁ。ただのお袋に対する当てつけだよ」

「だったら嘘なの?」

「いやぁ、まるっきし嘘っつうわけでもないんだが……」


 煮え切らない兄の態度に、ピンっとくるものがあり、


「だったら兄さんの片思いなのね。どこのどなたなの?」

「……胡蝶ぉ、勘弁してくれよ。お前は俺のお袋か?」

「母さんの代理で来ているのだから、似たようなものよ」

「お前なぁ、人の恋路を邪魔する奴は……ってことわざ、知ってるか?」

「私は邪魔しに来たんじゃないわ。応援しに来たのよ」

「口の減らない奴だな」

「兄さんに言われたくないわ」


 二人のやりとりをきょとんとして眺めていた女将さんが、ようやく口を開いた。


「まあ、この方、番頭さんの妹さん?」


 胡蝶はあらためて彼女に向き直ると、


「いつも兄がお世話になっております。柳原胡蝶と申します」

「いえいえ、虎太郎さんは大変な働き者で、こちらとしても助かっているんですよ」


 好意的な女将の言葉に、虎太郎は居心地悪そうにもじもじする。


「立派にやっているのね、兄さん。安心したわ」

「まあ、番頭つったって、便利屋みてぇなもんだけどな」


 ようやく部屋にたどり着くと、


「じゃあな、胡蝶。俺、仕事中だから行くわ」

 

 さっさと荷物だけ運び入れて、虎太郎はいなくなってしまった。

 

「兄さんったら……」


 話したいことがたくさんあったのに。

 何も逃げるように去らなくても……。


 胡蝶が落ち込んでいると、

 

「今日はお兄さんのことでいらしたんですか?」


 女将さんが気を遣って話しかけてくれる。


「ええ、兄の近況が知りたくて。田舎の母が心配していますの。でもあの様子だと、何も話してくれないわ」

「単に不器用なだけですよ」


 思いやりのある声で女将は言う。


「それに、母親というのは、子どもがいくつになっても心配する生き物ですし」

「でしたら……兄がこちらで働くようになった理由をお聞きしても?」


 女将さんはおかしそうに笑うと、


「たぶん、あの子が原因なんじゃないかしら」

「あの子?」

「半年前からうちで働いている子で、とても綺麗な娘なんですよ」


 その娘の名は池上いけがみ水連すいれんといい、この旅館で女中をしているそうだ。


「ただ訳アリでねぇ、自分のことはなんにも話さないんですよ。両親を早くに亡くしたとかで、身内はお兄さん一人だけらしくて。そのお兄さんともずっと疎遠で、可哀そうな娘なんですよ。休憩時間も、いつも一人でポツンとしてて、他人に構われたくないって感じで。単に一人が好きなんだろうって思っていたんですけどねぇ。虎太郎さんに対してだけは、違うんですよ」


「違う、というのは?」


「あの子のほうから話しかけるんです。嬉しそうな顔でねぇ。虎太郎さんにだけは心を開いているみたいで、たまに食事をしに、二人で出かけることもあるんですよ」


 それはぜひともその女性に会ってみたい、会わねばと思う胡蝶だった。



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