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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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82/97

わがまま皇子の下衆作戦

 



「一眞さん、お聞きしてもいいかしら」

「どうぞ」

「今さらですけど、どうして虎太郎兄さんに警護が必要ですの? 蛇ノ目はとうに捕まったのでしょう?」


 一眞はしまったとでも言うように視線をそらしてお茶をすする。


「念のための処置です。貴女が心配することではありませんよ」

「でも……」

「お茶、ごちそうさまでした。俺は仕事に戻ります」


 すぐさま姿を消してしまった一眞に、胡蝶はもうっと頬を膨らませる。

 おそらく紫苑に口止めされているのだろうが、できることなら、自分には何でも話して欲しかった。


 ――わがままだってことは分かっているけれど、夫婦ってそういうものでしょう?


 まだ式を挙げていないにも関わらず、胡蝶は夢見心地で考える。けれど現実はそうはいかないのだと――夫婦とて、互いの全てを分かち合い、理解することはできないのだと、侯爵や亡き父のことを思い出してため息をついてしまう。


 ――でも、私はもっともっと一眞さんのことが知りたい。


 思い返せば、いつだって自分の話を聞いてもらうばかりで、一眞から相談を受けたことは一度もない。彼があまり自分のことを話したがらないせいもあるのだろうが、今はそれすらもどかしく感じる。


 ――彼のことをよく知る人物に話を聞く、という手もあるけれど……。


 ともあれ、親しき仲にも礼儀あり、である。


 たとえ相手が婚約者とはいえ、人のことを詮索するのはよくないと、胡蝶はその考えを打ち消した。

 万が一にも本人に知れたら、きっといい気はしないだろう。


 ――そんなことより今は、母さんと虎太郎兄さんを仲直りさせないと。


 しかしいくら考えたところで名案は浮かばず、時間だけが過ぎていく。

 あっという間にひと月が経った頃、虎太郎から手紙が届いた。



『俺は元気でやっている。心配するな。もしかしたら、こっちで結婚するかもしれない。柳原虎太郎』



 愛想の欠片もない、短い手紙を何度も読み返しながら、兄も母に言われたことを気にしていたのだと分かって、つい笑ってしまった。早速、散歩から帰ってきた母に読み聞かせるものの、喜ぶどころか暗い顔をして、


「悪い女に騙されていないといいけど」

「母さんったら……どうして素直に喜べないの?」


 またもや母の心配が始まってしまう。


「だって、相手の女性のことが何一つ書かれていないじゃありませんか」

「それでも、少しくらい兄さんを信用すべきよ」


 さすがに母に対して怒りを覚えた胡蝶だったが、


「あの子はいつだって高望みして、最後は振られて帰ってくるんですから。今回もそうですよ」


 相手の女性のことを知らないのは胡蝶も同じなので、強くも言い返せず、


「だったら、私が直接その人に会って、確かめてくるわ」


 

 

 


 ***






 その頃、皇宮の執務室では、


「なんだ、姉さんに話さなかったのか」

「口止めしたのは殿下でしょう」


 苦い顔をする一眞に、紫苑は「そういえばそうだったな」と人の悪い笑みを浮かべる。


「姉さんの乳兄弟をおとりにして蛇ノ目とつながりのある混ざり者をおびき出そうなんて下衆作戦、姉さんに話せるはずがない」

「その下衆作戦をお考えになったのは殿下だったと記憶していますが」


 蛇ノ目は高位貴族にあまりにも関わり過ぎた。彼の行為は反逆罪に当たるとみなされ、今後混ざり者の収容施設で、重い刑罰が課せられることとなる。そしてそれは、蛇ノ目に関わった者たちも含まれており、いわゆる残党狩りのようなものが慣行されている。


「私は家にお帰り頂くよう、説得するつもりだったのに。貴方ときたら、お人が悪い」

「で、成果は?」


 一眞は思案げに顔を伏せると、


「殿下の目論見通り、網にかかった混ざり者がいます。ですが、蛇ノ目と繋がりがあるかは、実際に調べてみないと」

「そんなもの、調べるまでもなく黒だ」


 紫苑は力を込めて言う。


「なぜそう言い切れるのですか?」

「向こうから近づいてくる者は、たいてい腹に一物抱えている」

「それは殿下の偏見では? 中には好意や好奇心から近づいてくる方もいるでしょう」

「根無し草の柳原虎太郎に好意を持って近づいてくる人間がいるとは思えんがな」


 おそらく胡蝶が無条件に兄のことを慕っているせいもあるのだろう。

 嫉妬ともとれる言いように、一眞は呆れたようにため息を吐く。


「虎太郎さんは働き盛りの好青年ですよ。彼に好意を持つ女性の一人や二人、いてもおかしくはないでしょう」

「近づいてきたのは女なのか?」


 途端、瞳を輝かせる主人に、一眞は顔をしかめる。


「断言はできません、女性に化けている可能性もあるので」

「だったら、なおのこと黒だな。男は若く美しい女に騙されやすい」

「憶測でものを言うのはおやめください」

「そうだな、ここで議論しても時間の無駄だ。証拠を集めろ」


 最近、やけに偉そうな主人の態度に辟易しつつ、一礼して背を向けると、


「念を押すようだが、姉さんには言うなよ」

「そうですね、男の嫉妬ほど見苦しいものはありませんから」


 がたっと後ろで椅子が倒れる音がする。

 逆切れした主人が口を開く前に、一眞は煙のように姿を消した。


 



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