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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
その後の話

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月見団子と痴話喧嘩



 その日、胡蝶は朝からお団子作りに精を出していた。なぜなら今夜は中秋の名月、一年でもっとも月が美しく見える時期で、胡蝶は密かにこの日を楽しみにしていたのだった。


 ――今日は罪悪感なく、たくさんのお団子が食べられるわ。


 作るものは決まっていて、かぼちゃを使った黄色いお団子、うさぎの形をした可愛らしいお団子に、こし餡入りのお団子、よもぎを使った草団子と、色とりどりのお団子を作るつもりだった。


 大量のお団子を拵えらあとで、七輪を用意する。

 もちろん、串団子を炙るためだ。


 一つはかぼちゃ、もう一つはよもぎで作ったお団子をそれどれ串に刺して炙ると、ただでさえ柔らかなお団子が、さらにもちもちして、アツアツで頂ける。胡蝶はしっかり焼き目をつけて、みたらしダレに浸して食べるのがお気に入りだ。


 お佳代は殊のほかこの焼き団子が気に入ったらしく、味見としょうしてしょっちゅうつまみ食いをしていた。その上、お昼ご飯にだご汁を出したところ


「お嬢様ったら……これではあたくし、痩せる暇がありませんわ」

「俺は好きだぜ。団子は腹にたまるからな。胡蝶、お代わり」


 お佳代は文句を言いつつ、虎太郎は嬉しそうに昼食を平らげてしまう。夕方には辰之助も顔を出し、虎太郎と一緒に、胡蝶が作った夕食と大量のお団子を瞬く間に腹におさめてしまった。


 花ノ宮家にいる間は一切料理ができなかったので、かなりのストレスが溜まっていたようだ。たくさんののお団子を作ったおかげで、鬱々としていた気持ちが晴れやかになり、心地良い疲労感を覚えた。


 明日も畑仕事があるからと虎太郎は早々に寝床に入ってしまい、辰之助も食いすぎて動けないと言って、居間でいびきをかいていた。しばらくお佳代と二人で縁側に座って月を眺めていたのだが、


「あたくしは先に休みますわ。夜風は老体に堪えますから」

「私はもう少しここにいるわ。だって、お月様がこんなに綺麗なんだもの」


 お佳代は「ほどほどになさらないと風邪を引きますよ」とあくび混じりに小言を残すと、奥の部屋へと姿を消した。お佳代がいなくなると、いっそう静けさが増して、「りーんりーん」という鈴虫の鳴き声がいつもより大きく感じられる。


 ぼんやりと月を見上げながら、そろそろかなと胡蝶が思ったその時だった。


「……胡蝶」


 しびれを切らしたように茂みから一眞が現れて、こちらに向かってくる。


「あまり長いこと外にいては、風邪を引きます」


 胡蝶は気にせずお茶を淹れると、一眞に隣に座るよう手招きする。


「一眞さん、見て、月が綺麗よ」

「あからさまに話をそらさないでください」


 困ったように言いつつも、しぶしぶ月を見上げて、


「俺にはいつもと同じに見えます」

「そんなことおっしゃらないで。こっちへ来て、一緒にお月見をしましょう」


 一眞はため息をつきながら近づいて来ると、上着を脱いで胡蝶に渡した。


「でしたらそれを着てください」

「ありがとう、とっても温かいわ」


 上着にはまだ温もりが残っていて、胡蝶はいそいそと肩にかける。

 するとほんのりと甘い香りが漂ってきて、

  

「……香水の匂いがする」


 思わず口にすると、隣に座った一眞が不思議そうにこちらを向いた。


「そうですか? 気づきませんでした」

「でしたら一眞さんのものじゃないのね、誰の香水かしら?」


 すんすんと匂いを嗅ぎながら一眞の顔を見ると、彼はビクッとしたように身動ぎする。


「なぜ怒っていらっしゃるのですか?」

「怒ってなどいません。ただ質問しているだけです」

「ですが、いつもよりも声のトーンが低いような……」

「答えて、一眞さん。この香水は誰のもの?」


 こんなことくらいで嫉妬するなんて、自分でも馬鹿げていると思ったが、


「その方と貴方は、服に匂いが移るようなことをしたのですか」


 苛立ちを抑えられずに詰め寄ると、一眞はきょとんとし、続いて嬉しそうに笑うので、なんだか腹が立ってきて、


「笑うなんてひどいわ」


 彼の胸元を軽く拳で叩くと、「すみません」と慌てたように謝られる。


「焼きもちを焼いておられる貴女が、あまりにも可愛らしくて……」

「……私のことを馬鹿にしているでしょう」

「とんでもない、大好きですよ」


 ドキンとするほど甘やかな笑みを向けられても、騙されるものかと胡蝶は歯を食いしばって踏みとどまる。


「私、浮気は許しませんからね」

「それは俺の台詞ですよ」

「だったら言い訳ぐらいなさったらどうなの?」


 再び拳を振り上げると、その腕を軽く掴まれて、そのまま引き寄せられる。

 咄嗟に両手を突っぱねて、彼を遠ざけようとした胡蝶だったが、


「昼間、殿下が香水をこぼされたので、その時に香りが移ったのでしょう」


 その言葉を聞いて動きを止めた。

 あらためて匂いを嗅いでみれば確かに、普段、紫苑が身につけている香水と同じ匂いがする。


 ――私ったら、また早とちりして……。


 赤くなった顔を上げられずにいると、ツンツンと頬を指先でつつかれた。

  

「あの時の胡蝶の気持ちがようやく分かりました。好きな人に嫉妬されるというのは、本当に嬉しいものですね」


「一眞さんったら……」


 まさかあの時のことを持ち出されるとは思わず、胡蝶は頬を膨らませる。


「こんな形で仕返しされるとは思いませんでした」

「わざとじゃありませんよ。本当に気付かなかっただけで」

「わだとだったら許さないわ」

「だったら胡蝶も、俺の嫉妬を煽るような行動は控えてください」

「私がいつ、そんなことをしたというんですか?」

「もしかして……無自覚なんですか?」


 弱ったというように眉を寄せられて、なんだか釈然としないものを感じる。


「いいわ、分かりました。私に問題があるようなら直しますから、遠慮なくおっしゃって」

「貴女には何の問題もありません。俺の心が狭いだけですから」

「あら、それを言うなら私のほうが……」


 やがて会話が途切れると、二人は寄り添って月を眺めた。

 いつまでも、いつまでも。

 




いつもお読み頂きありがとうございます。


これからの予定としまして、不定期にはなりますが、その後の話と番外編をちょいちょいアップしていくつもりなので、見捨てずお付き合い頂ければ嬉しいです。


もう少ししたら(いや、まだ時間がかかるかもしれませんが)新作投入と書籍化の報告(別作品)ができると思うので(たぶん)、気長にお待ち頂ければ幸いです。


四馬㋟でした。

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