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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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胡蝶、思いの丈をぶつける



「例の混ざり者の件に、花ノ宮家の人間は一切関わっていない――皇帝陛下には既にそう申し上げた。麗子はあの通りキズモノにされたが、かろうじて生きている。元より、あの女は花ノ宮の人間ではないからな」


 最後の言葉に、伊久磨が僅かに顔をしかめるのが見えた。

 幸い、麗子夫人の姿はなく、夫を恐れて寝室に隠れている。


 胡蝶が花ノ宮侯爵――父に最後に会ったのは北小路家に嫁ぐ前夜だ。親子らしい会話など一切なく、「式では粗相するな」と一言注意されただけだった。身勝手で横暴で、使用人にも家族にも、一度として労いの言葉をかけたことがない。


 夕食の席に現れた侯爵は、相変わらずだった。紫苑がいるので多少なりとも謙虚に振舞っているようだが、傲慢不遜な態度が見え隠れしている。 


「だが、蛇ノ目という犯罪者がこの屋敷に潜伏していたのは事実。ゆえに屋敷の警備を強化するつもりだ。今後は私の許しなく、外部の者をこの家に入れることは許さない。特に胡蝶、お前の外出は今後一切禁ずる。龍堂院家に嫁ぐまでは、誰とも会うことなく独りで過ごしなさい」


 直後に薄ら笑いを浮かべた紫苑が口を開く前に、胡蝶は言った。


「嫌です、お父様」


 食事など初めから喉を通らないことは分かっていたので、箸を置いて立ち上がる。


「私はこのまま柳原家に帰ります。止めても無駄ですよ」

「……胡蝶、座りなさい。食事の席だ」


 紫苑の手前、最初こそは穏やかな声を出していた侯爵だったが、


「座りなさい、胡蝶」

「嫌です、お父様の言うことなど聞きたくありません」


 なおも反抗すると、ドンッと拳でテーブルを叩く音がした。


「いい年をして、幼子のような振る舞いはやめろ、見苦しい」


 低い声を出して睨みつけてくる。ここに摩璃子がいれば怯えてテーブルの下にでも隠れるだろうが、胡蝶は負けじと父を睨み返した。


「私を子ども扱いしているのはお父様のほうです。なぜいつも私の意思を無視して事を進めてしまうのですか? 叱責して言うことをきかせる前に、私がなぜ反発するのか、一度でも理由を訊ねたことがありますか?」


「子が親に従うのは当然のことだ」


 胡蝶はぐっと奥歯を噛み締めて、不遜な侯爵の顔を見つめた


「親に死ねと言われれば、その子は死なねばならないのですか? 心を殺して生きよと命じられたら、生きた屍のような人生を歩まなければならないのですか?」


 私にはできないと、胡蝶は強い口調で言い返す。


「ですからお父様の命令には従えません」

「出戻り女が生意気なことを。子どもを産んでもいないお前に、親の気持ちが理解できるものか」


 吐き捨てるように言われて、


「――愛してもいないくせにっ」


 我慢できず、気づけば侯爵に掴みかかっていた。


「子どものことなんて――私のことなんて愛してもいないくせにっ。手をつないでくれたことも、優しく抱きしめてくれたこともないくせにっ。何が親よっ。父親よっ」


 肩で息をしながら、思いの丈をぶつける。

 ポロポロと涙がこぼれて、自分でも止められない。


 さすがの侯爵も予想外の展開だったらしく、びっくりしたように目を見開いている。強く襟裳を掴んでいるせいで、少し苦しそうだ。


「い、伊久磨。何を黙って見ている。早くこのヒステリー女を私から引き離せ」

「父上、ヒステリー女ではなく、貴方の娘ですよ」

「どっちでも構わん、助けろっ」


 伊久磨はため息をつくと、


「でしたら条件があります」


 ぬけぬけと切り出す。


「じょ、条件だと?」

「この場で私に家督をお譲りください」


 おお、と面白がる紫苑を見、「殿下が証人になってくださいます」と付け加える。


「馬鹿なことを。まさかお前まで私を裏切るつもりか」

「私が父上の味方だったことは一度もありません。これまでも……これからも」


 胡蝶を押しのけて立ち上がると、侯爵は憤怒の表情で伊久磨を見下ろす。


「お前だけは、家族の中で唯一まともだと思っていた」

「ご期待に添えず申し訳ありません」

「言いたいことはそれだけか?」

「殴りたければどうぞご自由に。その代わり、母上には二度と手出しさせない」


 プライドを傷つけられた侯爵は咄嗟に拳を振り上げたものの、

 

「……なん、だ……」


 突如、違和感を覚えたように両手を見下ろす。

 

「手の感覚が……ない?」


 次の瞬間、崩れるようにしてその場に座り込んでしまった。

 懸命に立ち上がろうとするが、足に力が入らないようだ。

 

「お前たち、さては料理に毒を……」

「料理は問題ありませんでしたよ。僕もいただいたので」


 黙り込む伊久磨の代わりに紫苑が助け舟を出す。


「ああ、もしかしたら蛇ノ目の仕業かもしれません。伯父上を毒殺して成りすますつもりだったのでしょう」


 この言葉に、さすがに侯爵も青ざめる。


「だ、だったら早く医師を呼べ」


 伊久磨はしゃがみこみ、侯爵に目線を合わせると、


「私に家督を譲ると言ってくだされば、今すぐにでも」


 しつこく繰り返す。


「お、お前、よ、よくもこのような状況で……そ、そんなことが……」

「このような状況でもないと、私の言うことなど聞いてくださらないでしょう?」


 それに、と伊久磨は優しい声で続ける。


「お忘れですか? 父上。貴方も母上に同じことをしたのですよ」


 親子だから似たのだろうと伊久磨は笑う。


「さあ、早くご決断を。母上と同じ車椅子生活になるのは嫌でしょう?」 

「わ、分かった。全てをお前に譲る。だから早く私を助けろっ」




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