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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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69/97

胡蝶、気づく



 ――あれからかなり経つのに、皇后陛下から返事がない。


 最初はただ単にお忙しいのだろうと思っていたが、二通目、三通目と手紙を送り続けているにも関わらず、全く返事がないというのもおかしい。無視されているとしか思えない。


 ――何か、陛下のお気に障るようなことをしたかしら。


 それとも何らかの手違いで、手紙が届いていないとか?

 

 ――こんなこと初めてだわ。


 使用人は間違いなく皇宮に届けたと言っていたが、それ自体も怪しくなってくる。


 ――私ったら……歓迎されていないことは最初から分かっていたはずなのに。


 どうして忘れていたのだろう。花ノ宮家にいる時はいつだって気を張っていたし、誰も信用できなかった。血の繋がった家族でさえ、赤の他人のように感じていた。


 ――きっとお姉様の仕業ね。


 麗子夫人は無気力だし、異母兄のほうは自分に無関心だから、そうとしか考えられない。胡蝶は怒って自室を飛び出すと、摩璃子を問い詰めるために彼女の部屋へ向かった。


 しかし、


 ――いない?


 ノックをしても返事がないので諦めて引き返そうしたところ、ギィっと音がして、


 ――何もしていないのに、扉が開いた。


 もしや居留守を使われたのだろうか。「お姉様、入りますよ」と声をかけて中に入る。けれど広い室内に人影はなく、窓が開けっ放しになっているだけだった。


「ああ、きっと風のせいね」


 そのせいで扉がひとりでに開いたのだと思い、窓を締めに向かうと、


 バタンっ。


 突然、音を立てて後ろの扉が閉まった。

 今度は風のせいだとは思えず、


「……誰かいるの?」


 声をかけるが、返事はない。

 代わりに聞こえてきたのは泣き声だった。

 幼い女の子の、悲しそうな泣き声。



『怖いよぉ、暗いよぉ、早くここから出して』



 声はクローゼットの方から聞こえてくる。

 おそらく摩璃子が隠れていて、悪ふざけをしているのだろう思い、


「お姉様、いい加減に……」


 思い切ってクローゼットの扉を開けると、そこにいたのは摩璃子ではなく、子どもだった。着物を着た、十にも満たない女の子。


『おかあさん、おかあさん』


 グズグズと泣いていた子が、こちらに気づいて顔を上げる。

 その顔を見た瞬間、胡蝶はぞっとして後ろに下がった。


「どうして……」


 その子の顔が十年前の自分の顔と――9歳の頃の自分と、瓜二つだったからだ。

  


『おうちに帰りたい……おうちに帰して』


  

 ゆらりと立ち上がった子どもがこちらに向かって近づいてくる。

 恐怖のあまり声が出ず、腰を抜かして座り込んでしまった胡蝶だったが、


「嘘でしょ。あんた、見た目によらずビビリなのねぇ」


 いつの間にか子どもの姿は消えていて、目の前には摩璃子がいた。

 胡蝶の顔をのぞきこんで、薄ら笑いを浮かべている。


「何よ、幽霊でも見たような顔して」

「……先ほどの子は、お姉様の知り合いですか?」

「先ほどの子って誰よ。この家に子どもなんていないわよ」


 あくまで惚けるつもりらしい。

 胡蝶は立ち上がって、あらためて辺りを見回す。


 ――もしかして窓から逃げたのかしら。


 けれどここは三階だ。

 普通の子どもが飛び降りたら、まず助からない。


 ――ただの子どもではなかったら?


 けれど質問したところで、摩璃子は正直に答えないだろう。


「こんなことをして、楽しいですか?」

「ええ、楽しいわ。あんたがこの家にいる限り、いじめていじめて、いじめ抜いてやる」


 まったくこの人は……と呆れて言葉も出てこない。


「今後は黙って人の部屋に入らないことね。さもないと、次はもっと恐ろしい目に遭うわよ」


 摩璃子に正面からぶつかるのは得策ではないと考えて、胡蝶は仕方なく部屋を出た。けれど自室には戻らず、まっすぐ麗子夫人の部屋へと向かう。


「遅くなって申し訳ございません、ご挨拶に参りました、胡蝶です」


 おそらく入室を断られるか、無視されるだろうと、ダメ元でノックしてみたところ、


「……お入りなさい」


 弱々しい声で返事があった。


 意外に思いながら部屋に入ると、そこには、頬がこけてげっそりした麗子夫人の姿があり、胡蝶は驚きを隠せなかった。気落ちしているとは聞いていたが、まさかここまでとは――。


「ずいぶんとお疲れのようなので、出直して……」

「変な気遣いはよしてちょうだい」


 麗子は不機嫌そうに答えると、


「それより先日、皇后陛下のお茶会に出席したそうね。そこで何を話したのか、誰が出席していたのか、詳しく教えなさい」


「それが、よく覚えていないんです。途中で気分が悪くなって、中座してしまったものですから」

「まあ、そうなの? 相変わらず役に立たない子ねぇ」


 見た目は病人でも、口の悪さだけは健在のようだ。

 

「お元気そうで安心しましたわ」

「車椅子生活の女に向かって、よくそんな嫌味が言えるわね」


 こういうところはやはり親子だなと、摩璃子を思い出して苦笑してしまう。


「そういえば、この屋敷で子どもを見かけたのですが……」

「子ども……」


 直後、麗子はビクッとしたように肩をすくめ、怯えたように顔を隠す。


「何か、知っているのですね」

「い、いないわよ。この屋敷に子どもだなんて」


 嘘はついていないが、何かを隠しているような口ぶりだった。

 それにしても、麗子夫人がここまで怯えるのも珍しい。


「お父様が関係しているのですか?」

「なんでここであの人が出てくるのよ」

「でしたら伊久磨お兄様のほうかしら?」


 思わず、考えていたことが口に出てしまったらしい。

 伊久磨の名を聞いて、麗子はさっと顔色を変える。


「あの子の名を気安く口にしないでっ。卑しい、妾の子の分際で――っ」


 こんなことを言われて、悲しかったし、怒りも感じた。

 けれどそれ以上に気になったのは麗子夫人の態度だ。


「伊久磨に近づいたら許さないからっ、この淫売女っ」


 口汚く罵られて、追い立てられるように部屋を出る。


 早足で廊下を過ぎながら、何とか一眞と連絡を取る方法はないものか、胡蝶は懸命に考えていた。この屋敷には、何かいる。そのことを一眞に知らせねばと思った。

 


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