終りよければ全てよし
帰宅後、卯京が店を辞めて同僚の女性と駆け落ちしたことを、母にどう打ち明けるべきか、胡蝶は悩んでいた。けれどその心配は杞憂に終り、まもなく卯京から、遠く離れた田舎町で百目鬼と結婚したこと、夫婦仲良くやっているから心配するなという内容の手紙が届いた。
「近いうち、お嫁さんを連れて一度顔を見せに来るそうよ」
お佳代は涙ぐみながら「良かった良かった」と繰り返し、手紙がくしゃくしゃになるまで何度も読み返していた。
二人が姿を消した後、蛇ノ目が彼らに何かするのではないかと気が気ではなかったが、一眞曰く「今現在、軍の精鋭部隊が全力で彼を追っているので、そんな余裕はないだろう」とのこと。
「それに刺客が来たところで、百目鬼さんが返り討ちにするでしょう」
「でも、心配は心配よ」
「今は他人のことより自分の心配をすべきです。俺はまだ、怒っているんですよ」
思わずギクリとして、相手の機嫌を伺うように彼の顔を盗み見る。
――黙って家を抜け出したことを言っているのかしら。それとも、隠し事したせい?
思い当たる節がありすぎて、つい及び腰になってしまう。
「一眞さんだって悪いのよ。初めからきちんと事情を説明してくれれば良かったのに」
「話せば余計、卯京さんのことを心配するでしょう」
「一眞さんだって私に隠し事をしていたのだから、ノア様のことは責められないわ」
「そうですか? 少なくとも俺は浮気はしていませんが」
「まあ、浮気だなんてっ」
確かに昔を思い出してドキドキしてしまったものの、
「あんまりなおっしゃりようだわっ」
「俺に後ろめたいから、黙っていたのでしょう」
「そ、それは……」
図星を突かれてぐうの音も出ない。
「いいですよ、許して差し上げます。俺は心が広いですから」
――口は笑っているのに目が笑っていないわ。
さすがに反省して、シュンと肩を落とす。
「ごめんなさい、一眞さん。もう二度と、貴方に隠し事はしません」
「もう一度……」
「えっ?」
「念の為に、もう一度言ってください」
「ご、ごめんなさい、一眞さん、もう二度と、貴方に隠し事はいたしません」
二、三度繰り返したところで、一眞は満面の笑みを浮かべて許してくれた。
「ところで今度、二人で旅行へ行きませんか?」
「旅行、ですか?」
「はい、近々まとまった休みが取れそうなので」
少し怖い気もするが、一眞と過ごせるのは純粋に嬉しいので、快く承諾する。
「どこへ行く予定ですの?」
「美食の国、影国へ」
胡蝶は驚き、続いて吹き出しそうになりながら、
「ありがとう、一眞さん。ありがとう」
いつの間にか抱き寄せられ、キスされる。
温かな彼の腕の中で、胡蝶は幸せを噛み締めていた。
女心と秋の空作戦。
心変わりしたのは百目鬼姐さんのほうだったというオチでした。
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