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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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59/97

卯京、銀街の片隅で愛を叫ぶ



 百目鬼の言う通り、それから数分後に一眞が敷地内に現れた。あの程度の小細工では、彼の目を誤魔化すことはできなかったようだ。


「胡蝶様、今すぐその女から離れてください。彼女は危険です。貴女に何をするか分からない」


 もしかすると、彼は初めから百目鬼の正体に気づいていたのかもしれない。

 だからこそ、あの店に自分を近づけまいとしたのだろう。


 ――けれど私のせいで、ノア様を……この国を危険に晒すわけにはいかない。 


「胡蝶様……?」

「ごめんなさい、一眞さん、それはできません」


 彼の顔をまともに見られないまま、胡蝶は言った。 


「お琴さんはいい人ですわ。彼女のおかげで、私、気づいたんです」


 心にもないことを口にする自分が嫌だ。どうか今は、自分の言葉を信じないて欲しいと願いながら、胡蝶は口を開く。


「一眞さん、貴方とはもう結婚できません。私、好きな人がいるんです。女学生の頃からずっと彼のことが好きで、彼も、私と同じ気持ちだと分かったの。だから……だから――」


 貴方との婚約を解消して、その人と一緒になりたい、どうしてその言葉だけが出てこないのだろう。言葉に詰まって、顔をしかめる胡蝶より先に、一眞が口を開く。


「その好きな相手というのは、ノア・スノーランド様のことですか?」

「ど、どうしてそれを……」

「殿下から聞きました、貴女が彼に好意を持っていたと。本当だったのですね」

「そ、それは昔の話で……」


 咄嗟に言い訳しようとして、慌てて口を押さえる。

 すると一眞は露骨に不機嫌そうな顔をして、


「たとえ嘘でも、面白くありませんね」


 低い声でつぶやくように言う。


「ノア・スノーランド様ならこの国にはいませんよ。影国の避暑地から殿下宛に手紙が届きましたから。おそらく貴女が会ったのは彼に化けた別人――混ざり者でしょう」


 ――本物のノア様ではない?


 だったら初めから、百目鬼の言うことなど聞く必要はなかったのだ。

 すぐさま一眞の元へ駆け出そうとした胡蝶だったが、


「そこから一歩でも動いたら、姫さんの命はないよ」


 背後から拘束され、鋭いナイフのような物を首に押し当てられる。


「七穂っ、正体がバレたっ。あんたもこっちに来て手伝いなっ」


 すると茂みに隠れるようにして倒れていたノアが立ち上がり、あっさりと縄を解いて近づいてくる。「いやだなぁ、俺、戦うの苦手なのに」とぶつぶつ文句をたれつつ、いつの間にか黒須七穂の姿に戻っていた。



「あたしは姫さんを連れて逃げるから、あんたは狐の足止めを頼むよ」

「姐さんは……俺に死ねとおっしゃる?」

「これが失敗したら、どのみちあんたはあの人に殺されるだろうさ」

「くっ、そうだった」


 その前に、と七穂は何かに気づいたように言った。


「あいつを先に片付けてもいいかな? ただの人間なら、俺でも楽に勝てるし」


 七穂の視線の先を追って、胡蝶は「あっ」と声を上げる。すぐ後ろで百目鬼の息を呑む気配がしたから、彼女にとっても予想外の展開だったのだろう。


「あの子は、ダメだよ」

「どうしてぇ?」

「どうしてもさ」


 胡蝶を人質にしたまま、じりじりと後退する百目鬼だったが、


「待ってくれよ、姐さん」


 卯京の呼びかけに応じるように、彼女は足を止める。


「一体何をやってるんだ。俺の妹があんたに何かしたのか?」

「……卯京」

「どうせあの蛇みたいな男のためにやってるんだろ? あんな冷血漢のどこがいいんだ」

「あんたこそ、どうしてそんなに必死になれる? 本当の兄妹でもないのに」


「俺にとっちゃ、血の繋がりより、家族として過ごした時間のほうが大事なんだ。姐さんにだって分かるはずだろ。店の女の子たちのこと、実の妹みたいに可愛がってるじゃないか」


 痛いところを突かれたように顔をしかめる百目鬼に、卯京は畳み掛けるように告げた。


「本当はこんなこと、したくないんだろ? いい加減、目を覚ましてくれよ」

「他人のあんたに、あたしの何が分かるっていうのさ」


「ああ、分かんねぇよ。あんた、すぐお節介焼くくせに、自分のことは何も話してくれないじゃないか」


 けど、と卯京は悔しげな口調で続ける。


「それでもやっぱり、俺はあんたのことが好きなんだ。たとえあんた正体が混ざり者でも――あのクソオーナーとデキてても、好きなもんは好きなんだよ」


 百目鬼は無表情だったが、彼女の手が震えていることに、胡蝶だけが気づいていた。

 

「姐さん、頼むから俺を選んでくれ。俺の嫁さんになってくれよ。絶対に姐さんのこと、笑顔にしてみせるから」


 百目鬼は黙って、じっと卯京を見つめていた。

 やがて力なく腕を下ろし、胡蝶を解放すると、白い頬を赤く染めて、


「はい」


 と恥ずかしそうに返事をする。 


「姐さん、今何て……」

「分かったよ、卯京。あたし、あんたのお嫁さんになる」


 その時の兄の顔を、胡蝶は一生忘れないだろうと思った。まるで朝日を浴びたみたいに瞳を輝かせて、一心に愛する女性を見つめている――なんて美しい光景だろう。


 兄の恋が成就したことを喜び、胡蝶は状況も忘れてこっそりと涙をぬぐった。

 けれどこの展開を喜べない者も中にはいて、


 

「裏切ったなっ、姐さんっ」



 敵に囲まれ、慌ててその場から逃走しようとした七穂だったが、直後に一眞に捕らえられ、羽交い締めにされてしまう。



「あの男が生きていることをよくも隠してくれたな」

「な、何のことでしょう?」

「来い、皇宮の地下室でたっぷり締め上げてやる」

「なんで俺だけっ」

「当然だ、ここにはお前しかいないからな」


 尚も抵抗する七穂を強制的に気絶させると、


「卯京さんは行ってください。約束通り、あの男の件で何か分かったらすぐにご連絡を」

「ああ、見逃してくれて恩に着るよ、兄さん」


 卯京は恭しく百目鬼の手をとると、


「じゃあな、胡蝶。落ち着いたらすぐに連絡するから。かあさんのこと、よろしく頼むな」


 その場から逃げるように駆け出す2人の背中を、胡蝶はそこに立って、いつまでも眺めていた。





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