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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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57/97

百目鬼姐さんの片思いと三男坊の決意



 ――餌はまいた。あとは獲物が食いつくのを待つだけ。


 それなのにどうしてだろう。

 先ほどからやけに胸騒ぎがする。



「お琴さん、どうかしましたか?」


 蛇ノ目に声をかけられ、百目鬼は慌てて答える。


「いいえ、何でもありません」


 彼が店に顔を出すのは久しぶりだ。


 せっかく目の前に恋焦がれる人がいるのに、今は気を散らすわけにはいかないと、百目鬼はうっとりと彼を見上げた。

 

「ところで例の件はどうなっていますか?」

「まもなく片が付くかと。蛇ノ目様から頂いた人形が役に立ちました」

「それは頼もしいですね」


 彼が自分のことを道具――使える駒ぐらいにしか思っていないことは知っている。スリや盗みで生計を立てていた自分に声をかけたのも気まぐれで、こちらから誘えば夜の相手もしてくれるものの、そこには愛情も恋愛感情もない。同類愛憐れむ程度の、脆い感情だけ。


「優秀な貴女のことですから心配はしていませんが、万が一、失敗した時は……」


 分かっていると、百目鬼は笑って頷く。


「蛇ノ目様の手にかかって死ねるのなら本望です」

「そんなに嬉しそうにされては、罰になりませんね」


 彼が優しい声を出す時は要注意だ。

 決まって残酷なことを言うから。


「ですからその時は二口と山姥を処分なさい。そして貴女は死ぬまで私に尽くす。できますね?」


 すぐに「はい」と返事をしようとしたが、できなかった。姉妹同然のあの二人を殺すなんて――想像しただけでもぞっとしてしまう。


「お琴さん、返事は?」

「失敗はしません」


 かろうじてそれだけ言うと、


「貴女のそういうところ、好きですよ」


 彼は困ったように笑い、優しく抱きしめてくれる。

 そこに温もりはなく、彼の体温と同じでひんやりしていた。


「今夜、私の部屋へ来ますか?」

「……やめておきます。仕事中ですから」


 滅多にない彼からの誘いを断るなんて、自分でもどうかしていると思ったが、百目鬼はすぐに蛇ノ目から離れると、髪の毛を整えるふりをして顔を伏せた。動揺しているのを悟られたくなかったからだ。


 ふと、何かに気づいたように蛇ノ目は窓に視線を向けると、


「どうやらここも嗅ぎ付けられたようですね」

「……蛇ノ目様?」

「私はもう行きます。あとのことは任せましたよ」

 

 足早に休憩室から出ていってしまう。

 咄嗟にあとを追いかけたものの、


「百目鬼姐さん、今の男がオーナーですか?」


 入れ違うように卯京が入ってきて、前を塞がれてしまった。

 そうだよ、と百目鬼は平静を装って答える。


「けど、あの人には関わらないほうがいい」

「どうして? 店のオーナーなら、俺も挨拶ぐらいしたほうが――」

「あの人に近づいてはダメ」


 慌てて言い、蛇ノ目のあとを追おうとした卯京を引き止める。


「ところであんた、仕事をサボってどこに行ってたんだい?」

「サボったわけじゃない、妹の婚約者に無理やり家に連れ戻されて……」

「言い訳したって無駄だよ。あんたはクビだ。さっさと家へお帰り」


 もっと早く、こうするべきだったのかもしれない。少しひねくれてはいるものの、根はまっすぐで純粋で、彼のような人間がここにいること自体、間違いないのだ。


 けれど卯京はその場から動かず、


「急にどうしたんだよ、姐さん。俺にまずいところ見られたからか?」

「何を言って……」

「姐さん、あいつに脅されてるんだろ」


 どうやら会話を盗み聞きされていたらしい。

 いつもならすぐに気づいて対処するのにと、歯噛みする。


「それはあんたの見当違いさ」

「だったらなんで、さっきから泣いてるんだよ」


 怒りを押し殺した声に、はっとする。


「姐さん、泣いてるじゃねぇか。あいつに泣かされたんだろ」


 指摘されるまで気付かなかった。

 慌てて涙を拭うと、卯京の顔がすぐ目の前にあって、驚く。


「俺だったら、姐さんをこんな風に泣かせたりしないのに」


 そこにいたのは、いつもの、茶目っ気たっぷりの可愛らしい兎羅々ちゃんではなく、頼もしい、大人の顔をした男で、不覚にもときめいてしまった。


 けれど、


「あたしの本当の正体を知ったら、どうせあんた、逃げてくよ」

「姐さん、今、何て言ったんだい?」

「いい加減、あたしのことは諦めなって言ったんだ。一人になりたいから、外へ出てくる」





 ***





「あーあ、またフラれちまったか」


 こればかりは何度経験しても慣れないと、卯京は畳の上に突っ伏していた。一体自分のどこがいけなかったのか? 金がないからか? それとも女装して働いているせいで男として見られなくなったとか?


 ――あーダメだ、考えたら余計にへこんできた。


 百目鬼のことは潔く諦めて家に帰るべきだろうか。けれど妹に偉そうなことを言って出てきた手前、今更のこのこ帰るのも、男としてのプライドが……。


「――卯京さん」

 

 名前を呼ばれた気がして、辺りを見回す。


「卯京さん、こっちです」

「うわっ、狐がなんでここに――」


 すると小さな獣は一瞬で姿を変え、人間の形をとる。

 それだけでも驚きなのに、


「兄さんは確か、胡蝶の……」

「龍堂院一眞です。貴方にお話があって来ました。もっと早くにお伝えすべきだったのですが」

「知らなかったな、兄さん、あんた、混ざり者だったのか」

「怖がらせてしまってすみません、気味が悪いでしょう?」

「とんでもない、少し驚いただけさ」


 暗い目をする一眞に、「嘘じゃないぜ」と卯京は続ける。


「田舎育ちで野生動物には慣れてるからな」


 その言葉に、一眞は柔らかな表情を浮かべると、


「でしたら、この店で働いている女給の中に混ざり者がいることもご存知ですか?」

「そうなのか? それは気付かなかった」

「百目鬼という名の女性です」

「姐さんが? まさか」

「昨日、この店に来る途中で彼女の手下に襲われました」


 信じられないとばかりに卯京はかぶりを振る。


「混ざり者だからという理由で彼女を悪者にしないでくれ。姐さんはああ見えて世話好きで、優しい人なんだ。何の理由もなく、あんたを襲うはずがない」


「だったら誰かの命令で動いている可能性があります。心当たりはありませんか?」


 心当たり? と首を傾げる卯京に、


「黒須七穂という名前に聞き覚えは?」

「客の中にいたかもしれないが、覚えてねぇなぁ」

「それなら、蛇のような目をした男を見かけたことはありませんか?」


 卯京ははっとしたように一眞を見返すと、


「そいつは誰なんだ?」

「質の悪い商人ですよ。人を人とも思わない、冷酷な男です」


 その瞬間、百目鬼が涙を流していた理由が分かった気がした。百目鬼がその男のことを好きでも、相手の男がそうだとは限らない。これまで散々、悪い男に騙される女たちを見てきたが――もちろんその逆も然り――まさかあの、しっかりした姐さんが引っかかるとは。


 ――恋は盲目って言うからなぁ。


 そうと分かれば話は違ってくる。

 

 ――俺が姐さんの目を覚まさせねぇと。


 絶対にその男に彼女を渡すものかと、卯京は決意を新たにする。

 ともあれ協力者は必要なので、

 

「兄さんは、その男を見つけてどうするつもりなんだ?」

「今度こそ息の根を止めてみせます」


 詳しくは話してもらえなかったものの、その男が犯罪者で、一眞の因縁の相手であることは何となく察しがついた。


「持ってる情報は全部あんたに渡すし、俺にできることなら何だってする。その代わりと言っちゃあなんだけど、兄さんに頼みたいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」


 そこらへんの傲慢な貴族と違い、一眞は辛抱強く耳を傾けてくれた。最初こそは厳しい顔をしていたものの、必死に説得を試みた結果、条件付きならと、最後はしぶしぶ要求を呑んでくれる。


「卯京さんは本気なんですね」

「ああ、もちろん。あんたが話の分かる男で助かったよ」


 血が繋がってなくても兄妹は兄妹ですねと彼は疲れたように呟き、


「では早速教えてください。貴方が知っていることを全て」



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