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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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家族団らんの時間



 帰宅すると、足に包帯を巻いた母が笑顔で出迎えてくれた。転倒した際に足をひねって起き上がられず、助けが来るのを待っていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。母は転んだショックで気を失っていたのだと言い張っていたが、一眞曰く、移動中にイビキをかいていたそうだ。


 何はともあれ、軽い捻挫で済んでよかったと、胡蝶は胸をなで下ろした。母は、胡蝶の後ろに立つ青年――帰宅途中で男ものの着物に着替えた卯京に気づくと、

 

「まあ、何てことだろう、信じられないよ。卯京、お前なのかい?」


 はらはらと涙を流して、片足を引きずりながら息子の元へ駆け寄る。


「やっと帰ってきてくれたんだねぇ。ごめんよぉ、お前のこと、庇ってあげられなくて」

「泣くなよな、お袋。今更なんだよ。調子狂っちまうだろ」


 胡蝶は黙って二人の横を通り過ぎると、そっと自室に入って戸を閉めた。今は二人きりにしてあげたほうがいいだろう。積もる話もあるだろうし。一眞もいつの間にか姿を消していて、胡蝶はすばやく着替えを済ませると、台所に入って夕飯の準備を始める。


 もうすぐ虎太郎が帰ってくるだろうし、辰之助も仕事帰りに立ち寄ってくれるだろう。男たち三人はよく食べるから、今夜は大盛り山盛りで料理を作らなければと張り切っていた。


 大盛りナポリタンに山盛りのがめ煮、白身魚と白菜、昆布出汁でスープ鍋も作ろう。自然と鼻歌がこぼれて、楽しみながら料理していると、



『我が国は寛容です。貴族の女性が料理をするなんて、と眉をひそめられることもない。現に女性の料理人がいますし、料理のレシピ本を出している貴族のご婦人方も多数いらっしゃいます。思う存分、料理の勉強ができますよ』



 ノアの言葉を思い出して、ふいに手が止まる。



『決心がついたら、この店のお琴という方に伝えてください。彼女が貴女を私のところまで連れてきてくれるでしょう』



 料理は好きだし、許されるものなら勉強だってしてみたい。けれど今は、家族と離れたくないという気持ちが強かった。何より、一眞と離れるのが嫌だ。

 

 ――お断りの返事を、したほうがいいわよね。


 仮にも相手は影国の第三王子。返事を保留にしたまま知らん顔をするのは失礼だ。問題は、どうやって一眞にばれずにお琴に会うかだが。


 その日の晩、 


「うおー、卯京がいる」と辰之助。

「帰ってたのか、お前っ」と虎太郎。


 何だかんだ再会を喜ぶ兄弟に、卯京もまんざらではない様子で、


「よお、兄貴達も元気そうだな」

「今までどうしてたんだよ、お前」

「相変わらず女にモテそうな顔しやがって、ムカつくなぁ」


 それからは飲めや歌えのどんちゃん騒ぎで、さすがの胡蝶も呆れてしまった。けれどいつもはお酒を飲まないお佳代が、ほろ酔い気分で楽しそうにしているのを見て、思わず胸が熱くなってしまう。


 ――何事もなくて良かったわ、本当に。


 卯京も帰ってきてくれたし、こういうのを怪我の功名というのかもしれない。


 けれど翌朝、玄関にいる卯京を見かけて、  


「卯京兄さん、何をしているの」

「悪いな、胡蝶、俺、朝一番の汽車で店に戻るよ」

「……やっぱり怒ってるのね。私たちが無理やり――」

「まあ、それもあるけどさ」


 照れくさそうに頭を掻きながら、卯京は顔をこちらに向けた。


「過ぎたことはいいんだ。俺も、久しぶりに皆に会えて嬉しかったしさ。楽しめたよ。飯もうまかったし」


「だったらどうして? もう少しゆっくりしていけばいいじゃない」


 困ったように視線を逸らす兄に、ピンとくるものがあった。

 

「私たち家族よりも、お琴さんのほうが大事?」

「何だよ、薮から棒に」

「そうなんでしょ? 兄さん、あの人のことが好きなのよね?」

「……悪いか?」


 いいえと胡蝶はかぶりを振る。


「兄さんが幸せならそれでいいの。行って、かあさんには私から話しておくから」


 二人の仲を反対されるとでも思ったのか。

 卯京は胡蝶を見返すと、「お前も大人になったなぁ」と感心してみせる。


 けれど卯京を見送ったあとで、


 ――そういえば私も、お琴さんには用があるのよね。


 もう一度ノアに会って、きちんと自分の気持ちを伝えたい。

 そう思ったものの、


 ――ただ、一眞さんになんて説明すれば……。


 戻ったばかりで、また「浅き夢見し」へ行きたいと行ったら、今度こそ呆れられて、婚約を解消されてしまいそうだ。


 ――そういえば、お琴さんから貰った藁人形があったわね。


 

『一人になりたい時がきたら、この人形に息を吹きかけてごらん。良い事が起きるから』



 部屋に戻って、半信半疑で試してみると、

  

「まあ、嘘でしょ」


 藁人形はみるみる大きくなって、気づけば胡蝶そっくりの人形になっていた。見れば見るほど精巧な造りで、まるで生きているようにも思える。


「これなら、かあさんや一眞さんにも気づかれないわね」


 その人形を自分の代わりに布団に寝かせると、「具合が悪いので起こさないでください」と書いた紙を引き戸の前に貼り付ける。

 

 それにしても、こんな人形をくれるなんて、お琴さんって何者? と不思議に思いながら、胡蝶はこっそり家を抜け出した。






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