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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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55/97

胡蝶、初めて隠し事をする



「胡蝶様、一体これはどういうことですか?」


 動揺しているのは向こうも同じなのだろうが、胡蝶は焦っていた。

 まさか一眞がこれほど怒るとは。


 少し前まで談笑していたはずの男性客は一眞につまみ出されて、外で冷たい風に吹かれてぽかんとしている。ノアを見送った後、すぐに次の客の相手をするように言われて、何も考えずに席についたのだが、まさかその数分後に一眞が迎えに来るとは思ってもみなかった。


 向かい側の席で、険しい表情を浮かべる彼に、


「は、母の具合はどうですの?」

「教えませんよ。貴女が俺の質問に答えるまでは」


 ――なんて意地悪なの。


「な、何も悪いことはしていませんわ。ただ、兄の仕事の手伝いがしたくて……」

「仕事の内容をきちんと理解していらっしゃいますか?」

「もちろんよ。お客様とお食事をしながら楽しくお話をする、そうでしょ?」


 はあ、と一眞は大きくため息をつくと、


「今すぐこの店を出ましょう、胡蝶様。でないと、これ以上は我慢の限界です」


 一眞の眼帯からかすかに黒い煙が漏れ出していることにも気づかず、


「いいえ、兄も一緒でないと、私は戻りません」

「そんなに乳兄弟が大切ですか? 俺よりも?」


 暗い目で詰め寄られ、慌てて答える。


「もちろん一眞さんのほうが大切ですわ。ですが今は家族の緊急時ですから」


 けれど彼はまだ納得していない様子で、


「俺がいない間、誰かが貴女に接触しませんでしたか?」


 その瞬間、ノアのことを思い出してぎくりとしたものの、


「誰かって?」

「俺と同じ混ざり者――黒須七穂とか」

「いいえ、会っていませんわ」


 ノアのことを話すべきか迷ったものの、


「どうかしましたか?」

「い、いえ、ちょっと、慣れないことをして、疲れたみたい」


 やっぱり後ろめたくて、言い出せなかった。この状況でその話をすれば、火に油を注ぐようなものだし、浮気を疑われる可能性だってある。それだけは避けねばと思った。

 

「でしたらなおのこと、家へ帰りましょう」

「一眞さん、先ほども言いましたけど、私……」

「分かっています、ちょっとお待ちください」


 そう言って席を立つと、まもなくして、ぐったりした兄を米俵のように担いで戻ってきた。唖然とする胡蝶に、「気を失っているだけですから、ご安心を」と笑顔で言い、そのまま胡蝶の手を取って出口へと向かう。


「さあ、これで心置きなく家へ帰れますね」






 ***





 同じ頃、皇宮の一室では、


「殿下、殿下宛に影国のノア・スノーランド様から手紙が来ています」


 一眞が差し出した手紙を受け取るどころか見もせずに紫苑は言った。


「読む必要はない、捨てろ」

「……殿下。さすがにそれはどうかと。仮にもノア様は王族の方ですし」


 言いながら一眞は、手紙をそっと机の上に置いた。

 それを見た紫苑は心底嫌そうな顔をすると、


「男しか愛せないから子どもは作りたくないという理由で王位継承権を放棄した奴だぞ。怖すぎるだろ」


「殿下、もしてかしてまだ言い寄られているんですか?」

「さすがに表立って告白はしてこないけどな」


 何度奴に尻を触られたことかと、青ざめた顔で身震いする。


「確か、胡蝶様とも面識があるとか」

「なんだ、気になるのか?」

「それは……まあ。殿下が紹介したと聞きましたが」

「姉さんに会いに行ったら、あいつが勝手にくっついてきただけだ」


 机に置かれた手紙を汚物を掴むようにつまむと、紫苑はそれを暖炉に投げ入れた。


「あんまりしつこいから、この女性が僕の婚約者だと言って姉さんを紹介したんだ。あいつは嫉妬するどころか、結婚と恋愛は別物だとか言って、姉さんに優しくしてたけどな」


「胡蝶様は事情をご存知で?」

「話せるわけないだろ、純真無垢な姉さんに異国のフリーダムな恋愛事情なんか」


 黙り込む一眞に、紫苑は続ける。


「姉さんには悪いことをしたと思ってるよ。忌々しいことに、ノアに好意を抱いていたようだし」

「そうなんですか?」

「ムカつくだろ? だからこの手紙は燃やして正解なんだ」

「今度、彼女に確認してみます」

「無理や聞き出すのはやめろよ、過去を詮索する男は嫌われるぞ」

「……では、どうすれば?」

「じっと待つんだ、時が来るのを」

「それはいつまで?」

「一年後か、十年後か……」

「殿下、そんなに待てません」


 こいつも面倒臭い男だなと思いつつ、


「嫉妬深い男は嫌われるぞ」

「一概には言えないでしょう。現に胡蝶様は嬉しそうでしたよ」


 ノロケならよそでやれと、しまいには怒り出す紫苑だった。 



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