喫茶店で食べるナポリタンでご機嫌取り
ピーマン、玉ねぎ、ソーセージを食べやすい大きさに切って、ニンニクを刻んでおく。先にバターとニンニクを炒めて、香りが立ってきたら玉ねぎを入れる。数分程度炒めたらソーセージを入れて、その数分後にピーマンを加える。香ばしい焼き色がついてきたら、ひとつまみの塩と胡椒で味付けをして、火を止める。
続いてケチャップ、ウスターソース、牛乳とハチミツでまろやかな味わいのソースを作り、具材と合わせればほぼ完成だ。茹でたパスタ麺と手早く絡めて、お皿に盛り付ける。
「あら、このソースいいですわね。酸っぱくなくて」
「隠し味にハチミツと牛乳を入れたの。変かしら?」
「優しい風味で、あたくしは好きですわ」
昼食後のおやつに、お鍋を使って固めのプリンも作った。カラメルソースが少し苦くなってしまったけれど、甘めの珈琲と一緒に食べると、これはこれで美味しい。
「今日は何だか、喫茶店にでも行った気分ですね」
「本当? そう思ってくれると嬉しいわ」
お佳代の機嫌をとりつつ、卯京のことをどう切り出そうか、胡蝶は悩んでいた。元気にしていたとだけ伝えたかったが、心配性な母のこと、詳しいことを聞きたがるだろう。
――母さんをお店に連れて行ったら、卯京兄さん、今度こそ本気で怒るでしょうし。
最悪、姿を消してしまうかもしれない。
――やっぱり、黙っていたほうがいいかしら。
けれどそれはそれで心苦しいし。
――兄さんがうちへ帰ってくるのが一番なんだけど。
このことを辰之助や虎太郎にこっそり相談したところ、二人は口を揃えて「ほっとけ」と言う。男兄弟の冷たさに怒りを感じた胡蝶だったが、
「俺らが何かしようとしたら、余計意固地になって、逃げちまうよ」
「辰兄の言う通りだぞ、胡蝶。親兄弟に同情されるほど、悔しいもんはないからなぁ」
「特に卯京は頑固だしな」
「女みたいな見てくれに騙されると、痛い目みるぞ」
「そういやお前、昔卯京のこと馬鹿にして、腕の骨折られたことあったけ」
「辰兄……いやなこと思い出させるなよなぁ」
兄たちの言うことが正しいのかもしれないと、二人の会話を聞きながら思う。しかしそれでは納得がいかないと、胡蝶は唇を噛み締めた。
「胡蝶、もうこの話は終わりにして、茶ぁ淹れてくれや」
「そうだな、喋ったら喉渇いてきた」
「あとなんか、つまめるもんでも作ってくれ」
「さっきお袋に何か作ってただろ、俺たちの分はないのか?」
胡蝶は頬を膨らませて立ち上がると、
「知らない。自分たちでやれば?」
自室に入って、叩きつけるようにして戸を閉める。
――兄さんたちの馬鹿。
腹立たしさのあまり、胡蝶は自室をウロウロと歩き回った。この家で卯京のことを心配しているのは自分と母の二人だけ。兄たちは当てにならないと、今更ながら気づく。
――そうだわ、一眞さんなら……。
彼ならきっと親身になって話を聞いてくれるはず。そう思い、家族が寝静まった深夜、お佳代の目を盗んで彼に相談した胡蝶だったが、
「柳原卯京のことは、もうお忘れください」
他人行儀な声だった。
その上、目も合わせてもくれない。
「どうして、そんなことおっしゃるの?」
「貴女と彼らとでは、住む世界が違います」
「住む、世界が違う?」
聞き間違えだろうか。
一眞らしくない言葉だと思い、眉をひそめる。
「それに、彼らって……」
「貴女が家族と慕う人たちのことですよ」
お佳代や乳兄弟のことを言っているのは分かるが、
「本気で思ってらっしゃらないわよね? そんなこと」
「……貴女は俺の妻になる女性だ。いつまでも子どもじみたことをおっしゃられては困ります。未来の公爵夫人として、正しい振る舞いをなさってください」
「だったら私の目を見て、もう一度おっしゃってください」
動揺を隠しながら言うと、一眞はこちらを向いて、まっすぐ胡蝶を見下ろした。
「兄君のことはもうお忘れください。あのような低俗な店へ行くのは、もうごめんです。貴女だけでなく、俺の評判にも関わる」
「兄を侮辱するつもりなら許しません」
ぎゅっと拳を握り締め、胡蝶は果敢に言い返す。
「私に対して怒っているのであれば、そう言ってください」
「別に貴女に怒っているわけでは……」
「怒っているでしょう? だから家族のことを持ち出して、私を責めてる」
一眞はしまったとばかり頭を掻くと、
「俺は心配しているだけです。貴女があまりにも兄君のことばかり気にかけているから……」
「だから兄のことは忘れろと?」
「それは……確かに言い過ぎました」
反省したように目を伏せつつも、彼は頑なな口調で続ける。
「ですが、俺の考えは変わりません。嫉妬深い男だと思われても構わない。貴女のことが心配なんです」
――嫉妬? 一眞さんが?
乳兄弟の話をすると決まって不機嫌になるのは、兄たちに嫉妬していたから? 思い当たる節がありすぎて、胡蝶は喜びを噛み締めるように俯いた。どうして彼がこれほどまでに怒っているのか、ようやく理解できた気がする。仮に逆の立場なら、胡蝶も一眞に対して怒りをぶつけていただろう。
「……どうして嬉しそうなんですか?」
怪訝そうに訊ねられて、慌てて口元を隠す。
どうやら無意識のうちに頬が緩んでいたらしい。
「一眞さん、ごめんなさい。私も言い過ぎました」
嫉妬されて嬉しい。
もっと嫉妬して欲しいと言ったら、彼はどんな顔をするだろうか。
――きっとまた、怒らせてしまうでしょうね。
だから口が裂けても言えないと、そっと胸にしまう。
「許してくださるわよね?」
彼は困ったように眉を下げると、何も言わずに近づいてくる。
優しく抱きしめられて、胡蝶はほっと息をついた。




