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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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百目鬼姐さんの正体



 大昔、百々目鬼どどめきという妖怪がいた。両腕に無数の鳥の目を持つ美しい女妖怪で、スリや盗みを得意とし、頭が良く、その気性の激しさゆえに、やがて百の鬼を従える頭目となった。


「それがあたしのおっかさんさ」


 強い酒を飲んでも顔色一つ変えず、百目鬼は語った。


「それなりに名の知れた立派な妖怪だったんだけどねぇ。馬鹿な人間の男に引っかかっちまって、一気に人生下り坂さ。稼いだ金はほとんど男に貢いじまって、仲間には見放されるし、人間に媚び売る妖怪なんぞ情けねぇってんで、頭目の座から引きずり落とされちまうし……」


 そこで一息ついて、残りの酒を一気飲みする。


「惚れて惚れて、惚れ抜いた男には裏切られて、それでも必死にしがみつこうとしたら、返ってきたのは殴る蹴るの暴力さ。まあ、そのクズ野郎、最後はおっかさんに食い殺されちまったけど……腐っても妖怪だからねぇ」


 カラカラ笑いながら百目鬼は続ける。


「その頃、腹ん中にいたあたしは、たまったもんじゃないよ。自分の父親の血肉を食っちまんだんだからさ」


「ま、姐さん、飲んで飲んで」


 空になったコップに酒をつぎながら、これじゃあどっちが客か分かんないなと、七穂は内心、苦笑していた。若く美しい女給に接客してもらいながら酒が楽しめるカフェー「浅き夢見し」、正直言えばこの手の店は苦手なのだが――ってか百目鬼姐さんっていくつなんだ? ――ボスである蛇ノ目がこの店のオーナーなので、仕方がない。


「あたしを生んでから、おっかさんは苦労の連続でねぇ。人間の子どもは手がかかるってんで、よくぶたれたもんだよ。あたしの顔が父親に似ていたせいもあるんだろうね。人間の男なんてろくなもんじゃない、お前はあたしみたいにはならないでおくれよ、なんてよく言ってったっけ」


 はあ、と相槌を打ちながら、


 ――こっちは産んでくれと頼んでもいないのに、ひどいもんだ。


 と、心から同情してしまう。

 すると、百目鬼は何かに気づいたように七穂を見返すと、


「そうだね、七穂。あんたの言い分も一理あるよ」


 百目鬼には人の心を読む力がある。

 そのことを思い出して、しまったと思った。


「そんなに慌てなくてもいいよ。あたしはおっかさんと違って半分は人間だから、いつも力が使えるってわけじゃない。たまに相手の心の声が聞こえるって程度さ」


 相手を油断させるための嘘かもしれないが、とりあえず信じることにした。


「それでもすごい能力っすね」


「そうかい? 相手の心が読めたって、おっかさんみたいになっちまう時はなっちまうよ。要するにあばたもエクボってやつなんだろうねぇ」


 喋りながら豪快に酒を飲み干す百目鬼とは対照的に、七穂は酒をちびちびやった。


「あらためて考えるとぞっとしないよ。鉄火肌で度胸もあって、何でも自分で決めなきゃ気がすまなかった。女だてらに百の鬼の頭目にまで上り詰めた人が、男に惚れた途端、どうしようもない馬鹿に成り下がっちまった。恋は盲目って言うけど、本当だねぇ。とことん周りが見えなくなって、自分が馬鹿なことしているっていう自覚もないんだ。で、気づいたら周りに見放されて、一人ぼっちになってる」


 百目鬼の話を聞きながら、ふと胡蝶のことを思い出して、苦々しい気持ちになる。


「まあ、あたしもおっかさんのことは言えないけどね。好いた惚れただの、傍から見りゃ馬鹿げた感情だけどさ、一度でも夢中になっちまったら、止められないもんなんだよ」


「……そろそろ本題に入っていいっすか?」


 頃合を見て口を挟むと、百目鬼はもの悲しげな顔でこくりと頷く。


「龍堂院一眞がこの店に来たというのは本当で?」


「それも二回。あたしは直に会ったわけじゃないけど、行方不明になってた婚約者の乳兄弟を捜して、この店にたどり着いたって。幸いその場にオーナーはいなかったけど……」


 ――蛇ノ目様が生きていることがバレた?


 いいや、それはさすがに考えすぎだろうと、かぶりを振る。

 

「蛇ノ目様は、まだあの娘のことを諦めていないのかい?」

「はっきりとはおっしゃらないですけど、それっぽいですね」

「孕み袋にするってやつかい?」

「それはただの冗談っすよ。時間がかかりすぎる上にリスクも高いから」

「なら、まずはクライアント探しからだね」


「嵯峨野様の件で、かなり神経質になってますからね。今、影国えいこくへ出張に行かれているので、おそらく……」


「足がつかないよう、海外に売り飛ばすおつもりだね」 

「その前に龍堂院一眞を何とかしないと……」

「ああ、厄介だねぇ、あれは」


 百目鬼は憂鬱そうにため息をつくと、


「さすがにあたし一人じゃ無理だから、二口ふたくち山姥やまんばにも声をかけとくよ」

「……やってくださるんすか?」

「蛇ノ目様の頼みじゃあ、断れないしね」


 惚れた女の弱みだよと、百目鬼は悲しげに笑う。


 美人だけど陰気で、一見して頼りなさげな女性だが、百目鬼は蛇ノ目にその実力を認められた、彼がもっとも信頼する部下である。混ざり者としても能力も高く、七穂も初対面の時は、嵐の前の静けさのような、不気味な恐ろしさを感じた。


 ――絶対に敵に回したくないタイプだな。


 だからこそ彼女に仕事を頼みに来たのだが、引き受けてもらえて心底ほっとした。

 これで蛇ノ目に殺される心配をしなくて済む。


 百目鬼はそんな七穂をじっと見つめると、おもむろに口を開いた。


「でも、本当にいいのかい、七穂」

「何がっすか?」

「あんた、その娘に惚れてるんだろ?」


 この時ばかりはさすがに動揺を隠せず、持っていたコップを落としてしまう。


「安心しな。蛇ノ目様には言わないよ」


 七穂は慌てて立ち上がると、「じゃあ、細かい指示はないんで、あとは姐さんたちのやりたいようにやってください」と言って、逃げるように店を出ていった。



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