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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
本編

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救出と反撃



「ご主人様がお戻りになられた。見張り役はもう必要ないそうだ」

「けど手伝いは必要だろ? 誰が姫さんに食材運ぶの?」

「もう料理はさせない。女中に食事を運ばせる。ご主人様の命令だ」


 ついにこの日が来てしまったと、使用人と七穂の会話を盗み聞きしながら、胡蝶は奥歯を噛み締めていた。せめてもの抵抗として、残った食材を全部鍋にぶち込み、調味料をここぞとばかり入れて煮込む。


「ということで姫さん、これでさよならだ」


 伝令役の使用人が立ち去ると、七穂はやけに改まった口調で言った。


「俺がいなくなって寂しいだろうけど、泣いちゃダメだよ」

「誰が泣くもんですか。かえって清々するわ」


 ツンと顔を背けると、「キツイなぁ」と苦笑されてしまう。


「けど俺、そういうとこ嫌いじゃないよ」


 馬鹿にしているのかと睨みつけると、


「馬鹿にしてる? とんでもない。姫さんは賢いよ。料理でSOSを出していたんだから。中庭からいい匂いがする、地下に誰かいるのか、って外じゃ噂になってる」


「……気づいていたなら、どうして止めなかったの?」

「さぁて、どうしてでしょう」


 軽く伸びをしながら、七穂は照れくさそうに頭を掻く。


「俺はもうお役目ごめんだから。あとは好きにしなよ」


 結局答えをはぐらかしたまま、七穂は行ってしまった。


 彼がいなくなった途端、しんと辺りが静まり返り、胡蝶はどうしようもない不安に駆られた。けれど嵯峨野勘助がここに来る前に、最後のSOSを出さなければと、思い切って火力を強くする。


 ――誰か気づいて、お願い。


 焦げた臭いが辺りに充満してきた。


 試しに格子の扉に近づくが、しっかり施錠されていて、とても開きそうにない。臭いに気づいて、誰かがここへやって来たとしても、鍵がなければ出られない。


 ――鍵……確かいつも、上着のポケットにしまっていたわ。


 きっと今頃、嵯峨野勘助に手渡されているだろうと思ったが、意外にも、格子の外側、彼が座っていた椅子に、上着が置きっぱなしになっていた。


 ――忘れていったのかしら。


 だとしたらありがたいと、胡蝶は必死に手を伸ばすが、椅子は届きそうで届かない距離にあって、


 ――なんて意地悪なの。


 絶対にわざとあの位置に置いたに違いないと、心の中で文句を言う。

 こうなると、上着のポケットに鍵があるのかも怪しい。


 ――そろそろ火を止めないと。


 焦げ臭い上に、鍋の底が真っ黒になってきた。次の瞬間、ぼっと火が燃え上がり、さすがにこれ以上はまずいと冷や汗が流れる。けれど使える食材は底を尽きてしまったし、ここで火を止めてしまったら、助けを求める手段がなくなってしまう。


 

「おい、さっきから焦げ臭くないか?」

「あそこから煙が出てるぞ」

「……まさか火事か?」



 外から話声が聞こえた。慌てて窓側へ行き、息を飲んで耳を澄ませる。ここで叫んで助けを求めるべきだろうか。けれどもし、近くに嵯峨野勘助がいたらと思うと、恐ろしさのあまり勇気が出ない。



「お前たち、ここには近づくなと何度言えばわかるんだ」

「す、すみません。なんか変な臭いがしたもんで」

「さっさと自分の持ち場に戻れ。二度とここへは来るなよ」



 先ほど、七穂と話していた使用人の声だ。


 胡蝶は慌てて火を消すと、鍋に濡れ布巾をかけた。すると複数の足音が瞬く間に遠ざかっていき、胡蝶は落ち込んで、その場に座り込んでしまう。


 もうダメだと思ったその時だった。



「……おーい」


 しばらくして、換気用の窓から声が聞こえた。


「そこに誰かいるのかぁ?」


 間延びした、どことなく懐かしい声がする。

 最初は警戒して返事をしなかったが、


「胡蝶、いるんだろ? 俺だ、分からないか?」


 もしかして知り合いだろうか。

 こわごわ顔を向けると、窓から大きな手が伸びていて、


「子どもの頃、おやつの取り合いでよく喧嘩したろ?」


 まさか、と胡蝶は目を丸くする。


「……虎太郎兄さん?」


 子どもの頃と声が違うから、すぐには分からなかった。


「虎太郎兄さんなの?」

「胡蝶、やっと見つけた」


 どうしてここに兄がいるのか、「やっと見つけた」というのはどういう意味なのか、聞きたいことは山ほどあったものの、今は安堵感のほうが強く、胡蝶はたまらず泣き出してしまう。


「兄さん、助けて……怖いの。ものすごく怖い」

「安心しろ、胡蝶。兄ちゃんがすぐにそこから出してやる」





 ***






「まだ殺していないだろうな?」

「はい、薬のせいで意識は朦朧としているようですが……」


 すぐ近くで話し声が聞こえる。


 ここがどこで、自分はどういう状態なのか。

 いや、それよりも彼女は? あの男は彼女を見つけ出せただろうか。


 考えが整理できない。

 



「それではまともに話もできんじゃないか」

「旦那様の安全面を考えた上での処置です」

「……それほど危険な相手には見えんが」


「見た目に騙されてはいけません、旦那様。私は戦場で、こいつらが敵をなぶり殺しにするのを何度もこの目で見てきました。くれぐれも油断なさいませんよう」


「わかったわかった、お前の説教は聞き飽きた。この混ざり者と二人きりにさせてくれ」

「ですが……」

「さっさと下がれ。心配せんでも檻からは出さんよ」


 戸のしまる音がし、「さて」と男が言った。


「私が誰が分かるか?」


 一眞は答えず、じっとしていた。


 彼女の安否がわからない以上、下手に動けない。

 何より彼女の安全が最優先だと、ぼんやりした頭で考える。


「なぜ答えない? 恐ろしくて言葉もでないか?」


 だんまりを決め込んだ一眞にしびれを切らしたのか、


「下賤で臆病な混ざり者め。お前よりよほどあの娘のほうが気骨があった。猛獣のような目で私を睨みつけてきたぞ。それに比べてお前は何だ。ただ寝転がっているしか能がないのか」


「……目隠しをされているのに、どうやってお前を睨めばいい」


 慎重に口を開くと、男は嬉しそうに手を叩く。


「それもそうだ。こっちに来い、外してやる」

「断る、蹴飛ばされるのがオチだ」


 男は馬鹿にしたように笑うと、手を伸ばして強引に目隠しを剥ぎ取った。


「どうだ、これで私が誰か分かったか」

「……嵯峨野、勘助」

「様をつけんか、この卑しい混ざり者めっ」


 檻の隙間から杖で殴られ、痛みを感じた。けれどおかげで、少し意識がはっきりしてきた。辺りは薄暗く、埃っぽくて湿気っている。おそらく蔵の中にでも閉じ込められているのだろう。窓も扉もきっちりと閉められていることを確認して、勘助に視線を戻す。


「ついでにその眼帯も外してやろうか」

「それだけはやめてくれ」

「なぜだ?」

「生まれつき眼球がないんだ」


 正直に答えると、勘助は興味を惹かれたように頷いた。


「病気か?」

「かもしれない」

「面白い、見せてみろ」

「嫌だ」


 拒絶したことで返って強く相手の関心を引いてしまったらしく、再び強引に眼帯を剥ぎ取られてしまう。


「さあ、早く目を開けろ」

「嫌だ」

「なら無理にでも開かせてやる」


 杖で何度も殴られ、徐々に意識がはっきりしてきた。一眞はすかさず杖を掴んで引き寄せると、すばやく上体を起こし、勘助の腕をぎゅっと掴んで捕らえる。


「そんなに見たければ見せてやるよ」


 相手の顔を見上げるようにして、一眞はゆっくりと片目を開けた。勘助は一瞬、悪魔に魅入られたような顔をしてこちらを凝視していたが、たちまち煙を吸い込んで、激しく咳き込んでしまう。


「た、頼む、腕を、腕を放してくれ」

「どうして? これが見たかったんだろ?」

「い、息が、息ができな……」


 ずっと怒りを堪えていたせいか、いつも以上に煙が広がるのが早い。やがて白目を剥いて勘助が倒れると、一眞は立ち上がり、自力で拘束を解いた。薬のせいで痺れていた身体が、不思議と動く。煙を出すと、体内の毒気まで抜けるようだ。

 

 それから7分後、嵯峨野勘助が完全に息を引き取ったことを確認してから、一眞はまっすぐ出口に向かった。首謀者である男が死んだ今、もうここに用はない。


 


 

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