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お姫様のライスカレー

 



 茶道よりも、華道よりも、舞踊よりも、料理をすることが好きだ。けれど貴族の娘が料理をするなんてとんでもないと本妻に叱責され、作った料理を目の前で捨てられてしまったその時から、自身で料理を作ることは諦めていた。もちろん嫁ぎ先でも、プロの料理人が作ったものを食べていたし、教育係の教え通り、身の回りのことは全て使用人任せにしていた。


 ――けれどこれからは好きなだけ料理ができる。


 家事は全般的にできないものの――お掃除は苦手だし、縫い物も下手くそ、一人では缶詰もろくに開けることもできないが――お料理だけならそこら辺の主婦には負けないと胡蝶は張り切っていた。


「まあ、お嬢様ったら。料理ならあたくしがいたしますから」

「好きなことをして良いと言ったのはかあさんでしょう?」

「そうでしたね、でしたら……ライスカレーはいかがです? ご飯はあたくしが炊きますから」


 いいわね、と胡蝶は目を輝かせる。

 プロの料理人が作ったものばかり食べていたので、ちょうど家庭料理を恋しく思っていたのだ。


「だったらカレー粉と小麦粉はあるかしら?」

「ございますよ。唐辛子はお使いになります?」

「そうね、辛さを調節する時に使うわ」

「刻んでご飯に混ぜてもおいしいですしね」


 さすがに牛肉はないので、豚肉で代用することにした。野菜は玉ねぎや人参、じゃがいもの他にグリンピース、残り物の南瓜も使う。それらを賽の目に切って、じゃがいもは水にさらしておく。玉ねぎをバターでキツネ色になるまで炒めて、透き通ってきたら人参を加えてさらに炒める


 ――小麦粉がダマにならないよう、気をつけなくちゃ。


 レシピは既に頭の中に入っている。

 料理ができない反動から、暇さえあれば家族に隠れて、料理本を読みふけっていたのだ。

 

 火加減に注意しつつ、たまにお佳代と談笑しながら、胡蝶は久しぶりの料理を楽しんでいた。火花がパチパチっと飛び散る音、お鍋から聞こえるぐつぐつ音、立ち上るスパイシーな香り、台所にこもった熱気――ああ、この時間がどれほど恋しかったことか。


「そろそろいいかしら」


 時間をかけてじっくり煮込んだら、最後に牛乳を加えて、塩胡椒で味を整える。

 ライスを盛ったお皿に慎重にカレーをかけていき、真ん中に半熟卵をのせたら完成だ。


「できたわ、頂きましょう」

「らっきょのお漬物も出しましょうね」


 小さなちゃぶ台に料理を並べて、差し向かいで腰を下ろす。

 いつも食事は一人で済ませていたので、誰かと一緒に食事できることが嬉しくてたまらない。


「あらま、卵がうまい具合にトロトロですわね」

「生卵をそのままのせるより、半熟にしたほうが美味しいかなと思って」


 辛さ加減もちょうど良く、卵の黄身とからめて食べるとなお美味しい。

 

 お佳代はもう少し辛いほうが好みだと言って、唐辛子を刻んで、にんにくと油で炒めたものをカレーに混ぜて食べていた。たまにらっきょの漬物を食べると、味に変化が出て、これはこれで甘酸っぱくて美味しい。夢中で食べているとじんわり汗が噴き出してきて、胡蝶はふうーと息を吐いた。


「一気に食べてしまったわ」

「大変おいしゅうございました」


 お佳代もあっという間にお皿を空にしてしまうと、直後に「ううっ」と泣き出してしまう。


「あら、そんなに辛かった?」

「いえいえ、あんなに小さかったお嬢様が、こんなに美味しい料理をお作りになられるなんて……」


 昔を思い出して、感極まってしまったらしい。


「たかがライスカレーくらいで、大げさね」

「ご立派になられて、お佳代は嬉しゅうございます」

「出戻り女でも?」

「お嬢様はまだまだお若いんですから、これからいくらでもチャンスはありますよ」


 着物の袖で佳代の涙をぬぐってやりながら、胡蝶はぼんやり考えていた。


 ――私がお佳代の、本当の娘だったら良かったのに。


 貴族の娘ではなく農家の娘に生まれていれば――けれど今は、ないものねだりをするのはよそう。隣の芝生は青く見えるものだし、貴族には貴族の苦労があるように、農家にも農家の苦労があるだろうから。


 それよりも今は、全力でこの時間を楽しもうと、頭を切り替える。


「明日から食事は全部、私が作るわね」




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