振り回される人たち
執務室に呼び出された一眞は、頭を抱える主人の姿を目の当たりにし、
「申し訳ありません、殿下。こうなったのも私の責任です」
頭を下げて直立不動の姿勢をとる。
のろのろと顔を上げた紫苑はそんな一眞を見、
「そうだな、姉さんの暴走を止められなかったお前の責任だ」
堂々と罪をなすりつけた。
一眞は軽く眉を上げると、
「暴走、というのは言い過ぎでは? そもそも殿下があのようなくだらない記事を真に受けて、皇后陛下に相談などしなければ、このようなことには……」
「それを言うならお前の監督不行き届きのせいで――やめよう。僕たちがここで言い争ってもなんの解決にもならない」
そうですね、と一眞もあっさりと引き下がると、
「例の混ざり者を手放すよう、皇后陛下に進言してください。彼女の能力は危険すぎます。殿下のお言葉なら、陛下も耳を傾けてくださるでしょう」
「ああ……やるだけやってみよう」
気の進まない様子で紫苑は重い腰を上げた。
そのまま一眞を連れて皇后の執務室に乗り込むものの、
「あら、紫苑。来たの?」
皇后は上機嫌だった。
「ちょうどよかった。お前にも一応紹介するわね。私の新しい侍女、水連よ」
皇后の後ろに立つ女性を見、紫苑は覚悟を決めたように息を吸うと、
「母上、正気ですか。よりにもよって混ざり者を侍女にするなんて」
「……紫苑ったら、水連の前でよしてちょうだい」
「いいえ、この際はっきり申し上げます。その女の能力は危険です。母上には荷が重すぎる。早急に手放してください」
紫苑の言葉を聞いて、水連は怯んだように一歩下がる。
そんな水連をかばうように皇后は前に立つと、
「言ってくれるわねぇ、紫苑」
面白そうに目を細めた。
「私のことを心配しているの? それとも単に見くびっているだけかしら」
「それはもちろん……」
「答えなくて結構よ。どうせ私がこの子の力を使って、何かしでかすと思っているのでしょう?」
その通りなので黙っていると、皇后は「杞憂よ」と鼻で笑い飛ばす。
「私は単に、私の気持ちを理解してくれる話し相手が欲しかっただけ」
「母上にはすでにたくさんの話し相手……取り巻きたちがいます。そこに混ざり者を加える道理が理解できません」
皇后はやれやれとため息をつくと、ちらりと一眞を見た。
「ちょっと紫苑と二人にしてくれる? ああ、水連はいてくれてかまわないわ」
不穏な空気を感じて一眞がためらっていると、
「下がりなさいと言っているのが聞こえないの?」
強い口調で命じられて、一眞は即座に退室した。
それから皇后はおもむろに水連に近づき、そっと耳打ちする。
「……できるかしら?」
「陛下のお望みとあらば」
皇后は振り返ると、怪訝そうに眉をひそめる紫苑に言う。
「お前は水連のことを何も知らないから、彼女のことを悪く思ってしまうのよ。試しに彼女と話してみればいいわ」
「そんな危険なことはできません」
「あら、怖いの? お前のことを守ってくれる龍堂院殿はいないものねぇ。彼に胡蝶を奪われるわけだわ」
挑発されて、紫苑はムッとしたように皇后を睨みつけると、
「いいでしょう。彼女と話してみます」
…………
…………
皇后の執務室前、やきもきしながら紫苑が出てくるのを待っていた一眞だったが、
「なんだ、まだいたのか」
ケロッとした顔で出てきた紫苑を見、つい拍子抜けしてしまう。
「ご無事でしたか、殿下」
「当然だ。相手は僕の母上だぞ」
「では、説得できたのですね」
「説得? なんの話だ?」
ポカンとする紫苑に、
「池上水連の件ですよ」
「ああ、母上の新しい侍女か。貴族ではないがお前と同じ混ざり者だ。大目に見てやれ」
何かがおかしいと感じて、一眞は眉間にしわを寄せる。
「殿下、池上水連を手放すよう、陛下に進言したのではなかったのですか?」
「その必要はないだろ。彼女はただの未亡人だ。母上のいい慰めになる」
話は終わりだ、とばかりに歩き出す紫苑のあとを追いながら、一眞は「はぁ」と重いため息をついてしまう。母親に逆らえないのは息子の性なのか――それとも水連になんらかの催眠術をかけられたのかは分からないが、
「……陛下にしてやられましたね、殿下」
***
「最近、池上さんの姿を見かけませんが、どこへ行ったのでしょう」
朝食の席で、ご飯を食べながらお佳代がそんなことをぼやくので、
「水連さんならもうこの村にはいないわ。引っ越したの。お勤め先が決まったそうよ」
箸を置いて胡蝶が答えると、「まぁ、そんなんですか」とお佳代は驚いた顔をする。
「それならそうと前もって教えてくださればいいのに……水臭い」
「教えるわけないじゃない。だってかあさんは水連さんのことが嫌いでしょう?」
「いつあたくしがそんなことを言いまして?」
「だって水連さんの悪口ばかり言っていたじゃないの」
「悪口? 言ったかしら、そんなこと」
お佳代は心底不思議そうに首を傾げている。
「言ったわよ、訳ありだとか、性質が悪いだとか……」
「覚えていませんわ」
あっけらかんとした口調に胡蝶は呆れてしまう。
「池上さんは美人だから、女なら誰だってやきもちくらい焼きますわ。いちいち真に受けていたら身が持ちませんわよ」
開き直ったその態度に、さすがの胡蝶も何も言えなくなってしまう。
「最初は何をしても鼻につく女だと思いましたが、いなくなったらなったで寂しいものですね」
やっぱり言っているじゃないの、悪口。
怒って頬を膨らませる胡蝶だったが、
「ですが、職業婦人になるなんて立派ですわ。このご時世、女が独りで生きていくには大変ですからねぇ」
「……虎太郎兄さんはがっかりしているでしょうね」
「だからここ最近、元気がなかったんですのね、あの子」
虎太郎はいつものように夜明け前には起きて、畑仕事に行っている。
ただしここ最近は無口で、ため息ばかりついている。身体は頑丈で口も悪いが、繊細な一面もあるのだ。
そんな息子のことを思い出したのか、お佳代は優しい表情を浮かべて言った。
「今日の夕飯は豚の角煮にしましょう。あたくしが作りますわ」




