魔王襲来 その28
少し前。
チャトーミが追い詰められる顛末を見ていた小さな影があった。
「まずいじゃん」
シルゥだ。
シルゥが慌ててミミに合図を送る。
シルゥが走る仕草から首を絞められるポーズに変わったのを見て、
「チャミがピンチだ、姫さん頼む」
「うん」
返事と供にミケラが影の中に潜り込む。
ミケラは幾つもの影を次々と影移動し、瞬く間に遙か彼方まで移動してしまう。
「す、凄い・・・」
話はミケラ本人から聞いていたが、実際にこれほど凄いとは思わなかった。
ミケラの影移動の発動条件はまず、ミケラ本人が目視できること、影の大きさがミケラの身体が隠れる大きさが必要なことの二つだ。
街中には見渡す限りにミケラが隠れる事の出来る影に溢れている。
そして部屋の中と違って見通しが良いので、ミケラの背の高さでもそこそこ先までの影が目視出来るのだ。
さらにミケラの影移動の能力の高さが加われば・・・
「わたし、鬼ごっこは一人じゃ誘って貰えないの」
ミケラが泣きそうな顔で言っていたが納得である。
影移動し放題の街中でミケラを捕まえるなど不可能、鬼ごっこに誘われなくなるのは当然だろう。
ミケラはシルゥの指差す方向を確かめながら影移動を繰り返し、追い詰められるチャトーミの見える場所まで来た。
チャトーミがお尻を地面に付けたままズリズリ下がりながら、家の影の中まで下がっているのが見えた。
あの影の大きさならチャトーミを連れて影移動出来る。
「う、う、う、う~ん」
ミケラは気合いを入れた。
家の壁の為にもう後ろに下がる事も出来ない。
痛めた足ではチャトーラから逃げ切る事も出来ない。
絶体絶命のはずなのに、チャトーミはにやっと笑う。
「姫さん、いくじゃん!」
シルゥが叫ぶ。
同時にチャトーミの横に影の中からミケラは姿を現す。
だが、チャトーラは焦らなかった。
ミケラが他人を連れて影移動をするのには溜めが必要なのだから、その間にチャトーミにタッチすればいいだけの話。
「チャトーミ、行こう」
ミケラは影から姿を現すと同時にチャトーミの手を取り、そのままチャトーミを連れて影の中に消えてしまった。
「な、なに!」
驚くチャトーラ。
それはそうだろうミケラが他人を連れて影移動する為には溜めが必要なはずなのに、目の前で溜めなしでやられたのだから。
「大丈夫、姫様」
苦しそうに息をしているミケラの背中をチャトーミはさすった
影の中からいきなりでて来て溜なしでチャトーミを連れてこられたのは、影に潜り込む前に溜めをして行ったからだ。
それはミケラの体力をかなり消費する。
六歳のミケラにとって、かなりキツい行為なのだった。
「大丈夫、少し休めばいいから」
チャトーミを連れて影に潜り込んだミケラは離れた場所に出てから、力を溜めて影移動を繰り替えすをしてここまで逃げて来たのだ。
「姫様ゴメン、ゴメンね」
チャトーミは泣きながらミケラに抱きついて謝った。
「チャトーミ泣かないで、わたしは大丈夫だから」
苦しそうに息をしながらミケラはチャトーミの頭を撫でる。
その様子は一つ目コウモリによって櫓の上の投影機に映し出されていた。
「姫様」
「ミケラ様」
映像を見ていた住民達が心配そうに手を握る。
モモエルはサビエラに何か指示を出し、サビエラは全力で走って街の中に消えた。
「まさか、こんなに早く秘密兵器を使う事になるとは思いませんでしたわ」
タマーリンもサビエラの消えた方を見つめ、静かに溜息をつく。
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