魔王襲来 その5
「いいな、いいな」
あまり服には興味の無いチャトーミが目を輝かせてマオの服を見ていた。
「チャトーミ、あんたも欲しいのかい?」
チャトーミはウンウンと頷く。
「あははははは、なんだかんだ言ってあんたも女の子だね。いいよ、今度の休みに家へおいで、作ってあげるから」
女将は豪快に笑う。
「ありがと、女将さん」
「いいって、あんた達はあたしの子供みたいなもんだし」
両親を早く亡くしたチャトーラ兄妹を親代わりに面倒を見てくれたのは、女将さんだ。
足を生かして手紙を届ける仕事を勧めてくれたのも女将さんだった。
嬉しそうに笑うチャトーミの横でミケラも目を輝かせて女将の方を見ていた。
「ミケラ様、ごめんなさい。ミケラ様には作るわけにはいかないのです」
女将が頭を下げる。
「そんな、どうして?」
「ミケラ様の服はタマンサが作りますから、勝手にあたしが作ったら後でタマンサに怒られてしまいますよ」
それを聞いてミケラの顔がぱっと明るくなる。
タマンサとは生まれたばかりのミケラを5歳まで育て上げた乳母の事で、ミケラは実の母親の様に慕っていた。
「うん、私の服はお母さんに作って貰うんだ」
「そうだよ、お母さんの作ってくれた服が一番だよ」
チャトーミとミケラが手を繋いできゃっきゃっと喜ぶ。
「うふふふふふ」
女将はそれを見ながら微笑ましそうに笑う。
それから少し顔を逸らし、うっすらと涙を流す。
「おぬし、何故泣く?」
側にいたマオが涙に気が付いて女将に尋ねた。
「あらやだ、目にゴミが入っただけさね。あなた、人を気遣える優しさがあるのね。好きよ、あたしはそんな子は」
「予、予は別に気を遣ったわけではない。涙を流す時は苦しい時だという話だからな、ちょっと気になっただけじゃ。本当に、本当にそうだからな」
見え見えの照れ隠しを言いながらマオはそっぽを向く。
「はい、はい」
女将さんは笑いながらマオの頭を撫でる。
「気安く予の頭を撫でるでない、予は魔王じゃと何度も言っておろうが」
と口では文句を言うが、マオは女将の手を払いのけようとせず、おとなしく頭を撫でるに任せる。
「うふふふ、面白い子ね。行くところが無かったらあたしのところにいらっしゃい。そこの倉庫にいるから」
「ミケラ様、まだ仕事がありますのであたしは失礼します」
ミケラに一言断ってから、女将さんは手を振りながら倉庫に戻っていった。
女将を見送ってからマオははっと我に返る。
「おおそうじゃ、そこの貴様」
マオは武茶志を指差す。
「お、俺ですか?」
8歳くらいの女の子に「貴様」呼ばわりされ、どう対処して良いか判らず武茶志は周りを見回したが、当てにしていたチャトーラは頭に手を組んでそっぽを向き、虎次郎はミケラの方しか見ておらず、チャトーミはそもそも当てに出来ない。
「そうじゃ、貴様じゃ。貴様は勇者じゃな?」
「えっと・・・あっそうか、俺は勇者だったんだ・・・」
久しぶりに勇者と呼ばれてすっかり忘れていた。
「なんかそうらしいです、仕事が忙しくてすっかり忘れてました」
武茶志はあははははと笑う。
武茶志はこの街に来てから、結局ミミの紹介でクロと一緒に倉庫で働く事になったのだった。
最初は寮のようなところでクロ達と寝泊まりしていたが、前世で物流管理をしていた経験を女将さんに買われ、女将さんの紹介で一軒家を借りて住んでいた。
住むところも出来、仕事も忙しかったが楽しかった。
前世でも仕事人間だったので、忙しさに身を任せていた方が楽だったのだ。
その忙しさにかまけて、自分が勇者のタレント持ちだというのをすっぽりと忘れ去っていた。
「なんか締まりのない男だな、貴様、本当に勇者か?」
「自分でも自覚はないんですが、勇者のタレントを持っているらしいので」
また武茶志は笑う。
「ならば、この世に仇なす勇者、予、自ら成敗してくれる!」
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