転生したら最強勇者になったが、住民の方が優秀だった件 その32
「着陸するので、しっかり掴まっていて下さい」
やがてクロは速度を落とし、街から少し離れた林の影へと着陸した。
いくらドラゴンを見慣れているとは言え、街の近くに着陸すれば衛兵達がやって来て大騒ぎとなる。
そうなればミケラはお妃様どころか王様に叱られてしまうだろう。
そうならない為に街から少し離れた林に降りたのだ。
虎次郎と武茶志がまた一人一人をクロの背中から降ろし終わると、クロはドラゴンから小さい姿に戻る。
「早かったな、これからはクロの背中に乗ればもっと遠くまで行けるぜ」
「そうだね、あたし草原の外を見てみたい」
チャトーラとチャトーミが興奮してミケラをたきつけるような事を言うが、
「ダメですよ、あまり遠くへ行くのはお妃様のお許しが出ませんから」
しっかりと締めるタマーリン。
「ちぇっ」
食い下がらずに引き下がるチャトーラ達、お妃様の許可が無ければミケラを連れて歩けないのは判っているのでそれ以上文句は言えないのだ。
「タマーリン」
ミケラがタマーリンの服を引っ張った。
「なんでございましょうミケラ様」
タマーリンは腰を落とし、顔をミケラの目線に合うように低くする。
唐突にミケラが手にしていたハンカチでタマーリンの額の汗を拭く。
「タマーリンも大変だったね」
ミケラはクロの背中の上でチャトーラとチャトーミの話を聞いていたのだ。
「もったいのうございますミケラ様」
感激して抱きしめたいのをぐっと我慢してタマーリンはミケラの手を止めようとしたが、
「ダメ、私が拭くの。タマーリンは私に拭かれるの嫌?」
と悲しそうな目で見つめれては拒絶出来るわけがなかった。
「宜しくお願い致します」
「うん」
ミケラに額の汗を拭いて貰いこれ以上の幸せはないという表情になるタマーリン。
ちらっと虎次郎の方を見て、ニターと笑う。
「ぐぬぬぬぬぅぅ!」
羨ましくて歯ぎしりするが、ミケラか申し出た事なのでどうする事も出来ない。
「はい、終わったよ」
ミケラがニコッと笑う。
「こんなに間近でミケラ様の笑顔を拝見出来るとは、タマーリン一生の幸せでございます」
今にも天国へ飛んでいって仕舞いそうな幸せな顔でタマーリンも笑う。
「えへへへへ」
ミケラがまた笑う、それからミケラがハンカチをポケットに仕舞おうとしたので、
「そのハンカチ、わたくしが洗ってお返し致しますわ」
慌ててタマーリンがミケラの手を止めた。
「そう、じゃあお願い」
ミケラはハンカチをタマーリンに渡す。
そして一行は街へ戻った。
勿論、夕方にかなりの余裕で戻ったのでミケラがお妃様に叱られる事もなかった。
「はい出来ました」
ロレッタが武茶志の絵を額に入れてミケラの部屋に飾ってくれたのだ。
「ありがとうお姉ちゃん」
「ダメでしょミケラ、お城の中じゃお姉ちゃんて言わない約束でしょ」
ロレッタが腰に手を当ててミケラを怒る。
ロレッタはあくまでも使用人でり、ミケラに使える身分だ。
それを守らなければ秩序が崩れる。
しかし、ミケラに一番年の近い兄でさえ父親ほどの年の差があり滅多に会えない。
一緒に同じ城で暮らす他の兄姉や両親にすら一週間に一度会えれば良い方。
年も10歳程度しか違わず、毎日自分の身の回りの世話をしてくれるロレッタの方が身近な家族と思ってしまうのは仕方ないだろう。
「だって」
ミケラが寂しそうに下を向く。
「もう仕方が無いわね、今だけよ」
ロレッタはミケラを抱き上げると椅子に座り、ミケラを膝の上に座らせた。
「今日はどこへ行ってきたの?お姉ちゃんに話して聞かせて」
「うん」
ミケラは草原で武茶志にであった事、武茶志と色々な競技をした事をロレッタに話して聞かせた。
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