ケットシー物語 トラスロット奔(はし)る 86
「ふふん、クロウベルの娘にしちゃ上出来だ」
にやっと笑うお妃様。
「お父様をご存じなのですか?」
唐突に父親の名前が出てきて、レッドベルは驚く。
「昔、タマンサと二人であんたの国で巡業して歩いていてね。その時に世話になった」
父親の意外な過去に、
「そんな事があったんですね」
興味を引かれる。
「あの、その時のお話を聞かせて貰っていいですか?」
レッドベルの申し出に、
「いいよ。それより今は、ミケラ達を見つけるのが先だ」
お妃様は整列するこの兵達の方を向くと、
「話は聞いたね、ミケラ達はあの森の中だ。お行き」
「はっ!」
お妃様の号令と共に、近衛兵は森を目指して走った。
走りながら、隊長が一人一人に向かう先を指示する。
散開しつつ近衛兵が森へ到達した頃、モモエルが森の中から走り出してきた。
「やっぱり、ソラオ君だわ」
お妃様の乗ってきた船を見て、歓喜の表情で走るモモエル。
船は魔道研が作っているので、当然モモエルは一隻ずつ名前を付けているし、見ればそれが誰かも把握している。
船を目掛けて走るモモエル。
しかし、こけた。
運動神経がないのに、走ったりすれば当然こうなる。
森に入りかけていた隊長が止まり、モモエルの所に駆け寄り助け起こす。
「大丈夫ですか、モモエル様」
隊長はモモエルの運動神経が鈍いことを知っていたのだ。
「あ、ありがとう・・・あっ」
助け起こされ、助けてくれた相手が近衛隊の隊長だと気がつき、我に返った。
「ミケラ様、ミケラ様を見つけたのよ」
モモエルが早口で説明する。
「モモエル様、落ち着いて。詳しいお話は、あちらのお妃様にお願いします」
隊長に言われ、モモエルはお妃様が来ているのに気がついた。
「そ、そうね、お妃様も心配しているわよね」
それではと走り出そうとするモモエルを、
「お待ち下さい」
隊長が止めた。
「わたしが手を引きますので、慌てずに参りましょう」
隊長が手を差し出す。
「それじゃあ、お願いするわ」
モモエルは素直にその手を取る。
「それでは参りましょう」
隊長はモモエルの手を取り、モモエルが転ばないように気を遣いながら少し早足でお妃様の下に向かう。
手のかかる子供扱いだが、当のモモエルはなんとも思っていなかった。
「お妃様、モモエル様をお連れしました」
隊長が、モモエルをお妃様の前までエスコートしてくる。
「ご苦労」
労いの言葉をかける。
「はっ」
敬礼して隊長は下がった。
「モモエル、あんたが森から走って来るなんてどうしたんだい?」
お妃様もモモエルが走るのが苦手なのは知っていた。
「ソラオ君が・・・」
お妃様の乗ってきた船の方を見て、モモエルは蘊蓄を語りかけたが、
「・・・じゃなくて、ミケラ様、ミケラ様ですわ」
ギリギリで自制した。
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