ケットシー物語 トラスロット奔(はし)る 56
「歌は・・・あまり・・・歌いたく・・・ない・・・・・・」
声が見る見るうちに小さくなっていく。
「じゃあ、わたしの後について歌ってみて」
「そ、それなら・・・」
ゆいの返事を聞いてから、タマンサは即興で歌い出す。
「あおい~~~そ~~ら~~、しろい~~~く~~も~~~~~~」
見事な歌声が辺りに響き渡った。
「さあ歌って」
その見事な歌声に、ゆいは感動して尊敬の眼差しでタマンサを見た。
ネビュラ・ナナも下手ではなかったが、カラオケの採点で言えば八十九点レベルの、ちょっと惜しいレベルだった。
タマンサの歌はカラオケでは採点不可能な、魂のこもった歌だったのだ。
「う、うん」
魂のこもったタマンサの歌を聞いて、ぼ~っとしていたゆいは、反射的に返事をしてしまう。
うんと言ってしまった以上、ゆいは覚悟を決めて、手を前で組んで歌い出す。
「あ”う゛ぉい”~~~ぞ~~ら”~~」
音程はかなり外れていたが、声自体は澄んだきれいな声だった。
「ゆい!」
タマンサがいきなりゆいの肩を、ガシッと掴んだ。
「ひゅい」
ゆいはびっくりして変な声を出す。
「あんた、歌手になってみない?」
言われている意味が判らず、
「はえ?」
間の抜けた顔でタマンサの顔を見るゆい。
「今の声を聞いて、あんたは歌を歌うべきだと、わたしの歌手魂が叫んだの」
「でも、ゆいは歌はかなり下手だったよ」
トランスロットが横から口を挟む。
「歌はね。でも歌なんて、練習すればする程、上手になるんだよ。それより声、天使の歌声って歌を誉める時によく使われるけど、ゆいの声は本当に天使の声だった」
確かに本物天使だから。
「歌う時の声は天から与えられたモノだから、練習じゃどうにも出来ないのよ。この子の声は、人を魅了出来る声を持っている。わたしが保証するよ」
熱く語るタマンサに、当のゆいは引き気味だった。
「で、でも、わたし・・・厩で・・・お仕事が」
なんとか逃げようとする。
「厩のお仕事終わってからでいいから」
逃げられそうもなかった。
「母さん、無理させてもゆいが困るよ」
トランスロットが助け船を出したが、
「サクラーノも歌教えて欲しいって言っていたから、一緒にゆいもと思ったのよ」
「サクラーノと・・・で、でも・・・」
サクラーノと一緒というのには、少し心が動いたが、まだ歌は苦手の方が勝っていたのだった。
「う~~ん」
タマンサは考えあぐねて、唐突にアイディアが閃く。
ベレー帽を被った神様が、一瞬降りてきてくれたのだ。
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