ケットシー物語 トラスロット奔(はし)る 55
「ねえ、ゆい。あなたちょっと歌ってみて」
タマンサに突然言われて、
「う、歌です・・・か・・・」
狼狽えるゆい。
「歌は歌ったことない?」
首を横に振る
「ナナ様が、別の世界で見つけてきたカラオケを使って、パーティーを開いてくれていたから、そこ・・・で・・・」
カラオケにはいい思い出が無さそうだ。
「カラオケって何?」
この世界は、カラオケどころかテレビが開発されたばかりなので、知らないのは当たり前。
歌手さえ、地方を巡業して、聞かせて歩くのが普通の世界なのだ。
「カラオケは・・・テレビ・・・昨日、高い台に乗っていた・・・」
「魔道研の魔法投影機ね」
「う、うん・・・それで・・・音楽が流れて・・・」
ゆいは一生懸命思い出そうと頑張る。
「・・・音楽が流れて・・・その音楽に合わせて・・・歌詞が流れるの」
ゆいの説明を聞いていたタマンサの目が、ピカ~~ンと光る。
「何それ、面白そう!」
もの凄い食い付きぶりでゆいに迫るが、
「でも、それをモモエルに作らせるとしたら、色々大変ね」
と冷静になる。
「後で、そのカラオケというのゆっくり教えてくれる」
他所の世界の話となると、タマンサだけではどうにもならないので、モモエルと一緒に話を聞いた方がいいと思ったのだ。
「う、うん」
ゆいは話しについて行けず、訳も判らず首を縦に振った。
「それで、ゆいはそのカラオケで何を歌っていたの?」
聞かれてゆいは、
「・・・ナナ・・・仮面・・・・・・」
口ごもる。
その様子を見てタマンサは何かを察したようで、
「歌を歌うのは苦手?」
「うん、カラオケ嫌い」
ぼそっと言う。
「そっか・・・」
ゆいの返事に考え込むタマンサ。
「でも、知ってる歌、少しだけでも歌ってくれない?」
タマンサの提案に、ゆいはあからさまに嫌な顔をする。
ゆいの知っている歌と言えば、ネビュラ・ナナの趣味の東映特撮モノの主題歌ばかりなのだ。
マイクを握ったら離さないので、ネビュラ・ナナ一人でノリノリで熱唱し、天使達はそれを周りで見ていることが殆どだった。
それだけで天使達は充分楽しかったので、それで構わなかったのだけれど。
時々、
「歌ってみなさい」
とマイクを渡されることがあった。
歌の得意な天使は喜んで歌い、ネビュラ・ナナも誉めてくれていた。
ただ、ゆいは歌は苦手なのでうまく歌えなくて、
「うん、頑張ったね」
とネビュラ・ナナに言われるのが辛かった。
そんな事が何度も重なっていく内に、ゆいはカラオケが嫌いになってしまったのだ。
ネビュラ・ナナの歌を、聞くのは好きだったので参加していたが、
「自分に来ませんように、自分に来ませんように」
といつも心の中で祈りながら、参加していたのだ。
(Copyright2025-© 入沙界南兎)