ケットシー物語 トラスロット奔(はし)る 49
「お嬢ちゃん、馬は好きか?」
ニコニコ笑いながらサウがゆいに聞く。
「う、馬って・・・なあに?」
トランスロットの方を振り向く。
ネビュラ・ナナの住まう世界しか知らないゆいが、馬を知っているはずもない。
「多分、ゆいは馬は知らないと思う」
「えっ、馬を知らないのか?」
驚くサウ。
それはそうだろう、馬が好きすぎて貴族なのに厩で働いているくらいだ。
この世の中に、馬を知らない人間なんているはずないと思っていたのだから。
「どうしよう・・・」
困ったように、トランスロットとゆいは顔を見合う。
「サウさんなら大丈夫かな?」
ロレッタとタマンサに、ゆいが天使だという事言わないように釘を刺されていたのだ。
突然、街の中に天使が現れれば騒ぎになる。
夕べ、ゆいが降りてきたのが、偶然、街の殆どの住人がタマンサの舞台に見入っていたから、騒ぎにならなかっただけだ。
「こ、これから見ることは、誰にも言わないって約束してくれる?」
真剣な顔でトランスロットは聞く。
「真剣な顔してんな・・・それだけ本気って事だな・・・よし、約束だ」
サウが頷く。
周りを見回し、厩の周囲に誰もいないのを確認するとトランスロットは、
「ゆい、翼を出して」
ゆいに頼む。
「うん」
ゆいは翼を出すと、羽ばたいて宙に浮く。
翼から出る光の粒子によって、日の光の中でも神々しさは失われない。
「お嬢ちゃん、天使なのか!」
サウは少し驚いただけで、後は嬉しそうにゆいを見上げていた。
「驚かないの?」
「少し驚いたけど、旅の時に魔王と言ってた子がいたからな、流石に馴れたって言うか」
「そうだね」
旅の途中で、馬車の周りをマオが飛び回っていたことを思い出す。
「魔王の次は天使って、お前のところ面白いな」
妹のミケラだって、この国の末姫なのだ。
それに加えて魔王マオに天使ゆい、どちらか片方だけでも、普通の生活をしていたら出会うことは無いだろう。
それが両方揃ってしまったのだ。
「うん、考えるとボクの家って凄いね」
言われてみて、トランスロットも自分の家の凄さを初めて感じた。
結局、トランスロットは考えるのをやめた。
トランスロットが考えても、答えなんか出ないのは判っているから。
「じゃあ、まず馬を見に行こう」
サウは、ゆいとトランスロットを連れて厩の中に入る。
厩の中には十頭程の馬が、柵の中に一頭ごとに入れられていた。
「これが馬だ」
ゆいは、目を丸くして馬を見上げた。
つい昨日まで、天使と神しか存在しない、妖精の類いを極まれに見るくらいの世界で暮らしていた。
なので馬どころか、他の生き物すら実は見るのは初めてなのだ。
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