ケットシー物語 トラスロット奔(はし)る 26
それから二人は、そのまま黙って樽の上に座ったままになる。
ふと、舞台で踊るタマンサがゆいの目に止まった。
「あの女の方、踊り凄く上手ね」
誉められて嬉しそうに笑うトランスロット。
「ど、どうして笑うの?」
「僕の母さんなんだ、誉められてつい嬉しくて」
「お・・・お母さんて・・・なあに?」
ゆいが不思議そうに聞いてきた。
「お母さん知らないの?」
「うん」
頷くゆい。
「お母さんはボクを産んでくれたんだよ」
「あっ、それなら判る。わたしを産みだしてくれたのはネビュラ・ナナ様だから。そうか、ナナ様がわたしのお母さんだ」
そう思うとゆいは顔が綻んでしまう。
「お母さん、いるの?」
ゆいの表情の変化に気がつき、トランスロットが聞いてきた。
「うん・・・でもお母さんて言っていいのかな?」
恐れ多くて気後れしてしまう。
「お母さんじゃ無いの?」
「神様だから、お母さんなんて言ったら怒られるかも」
天使は神の手によって創造されて世界に出てくるので、通常の生物とは異なるのだ。
故に神は天使にとって絶対であり、神に奉仕することが最大の喜びとなる。
ネビュラ・ナナは面白がって許してくれるかもしれないが、天使長のミームは間違いなく怒るだろう。
なにしろ創造主であり仕えるべき神であるネビュラ・ナナでさえ、頭が上がらないくらい厳格なのだから。
「神・・・様・・・?」
トランスロットは話しについて行けず、固まってしまった。
「そうか、君は天使だもんね」
「うん」
それからまた、二人は黙り込んでしまう。
トランスロットは積極的に人に話し掛ける性格ではないし、ゆいも人見知りをこじらせているので自分から話し掛けるのにはかなり勇気が要るのだ。
「歌、好きなら近くで見る?」
唐突なトランスロットの言葉に、ゆいは顔を上げた。
「いいの?」
「うん」
「じゃ、いく」
二人は座っていた樽から降りると舞台に向かった歩き始めた。
二人は止められることも無く、舞台の近くまで来た。
トランスロットがタマンサの子供という事で、スタッフ専用通路を歩いてきたからだ。
「おっ、トランスロット、その子見ない子だな」
チャトーラが目聡く見つけて声をかけてきた。
「ひっ」
小さく悲鳴を上げてゆいがトランスロットの影に隠れる。
「なんで逃げるんだよ、俺何かしたか?」
心外とばかりに大きな声を上げるチャトーラに、ますます怯えるゆい。
「チャトーラやめてよ、この子、ボクと同じで他の人と話すの苦手なんだ」
トランスロットがゆいを庇う。
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