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ケットシー物語 トラスロット奔(はし)る 14

「あの頃は純粋に歌だけ歌いたかったのよ」

 貧しい村だから働き手は一人でも必要とした。

 仕事をさぼっては、歌ばかり歌っていたタマンサは村で疎まれていたのだ。

 そこへお妃様達が現れた。

 隣国へ向かうために山越えをしようとしたのだが、数日前の嵐で峠の道が崩れ通れなくなり、村まで引き返して来て道が復旧するまで村の近くで逗留することになったのだ。

 村にやって来たお妃様は気さくに村の者達に声をかけ、タマンサの歌も誉めてくれた。

 お妃様なんて雲の上の人に誉められて、十歳の子供だったタマンサは舞い上がったのは無理からぬ事だろう。

「この方なら自分を理解してくれる」

 とかなり思い詰めてしまったのだ。

 やがて通れなかった山道も復旧し、お妃様達が旅立つ時が来た。

 お妃様がいなくなったらもう終わりだ、思い詰めたタマンサは一行の荷馬車の中にこっそり紛れ込んだのだった。



「あの時は驚いたよ、いつの間にかあんたが荷物に紛れ込んでるし。隣国の関所を通ってしまった後だから、引き返すに引き返せないし」

 なし崩しにお妃様に同行を許され、タマンサは休憩の度に歌を歌った。

 次第にタマンサの歌はお妃様や、同行の兵士達に受け入れられるようになり、いつしかお妃様達はすっかりとタマンサの歌の虜になってしまったのだ。

 その頃、タマンサのタレントは発現したばかりでさほど力はなく、純粋にタマンサの歌の力だけでお妃様達のハートを掴み取ったのだ。

 タマンサの歌の力を知っているから、お妃様はステージでタマンサが歌姫の力を使うのは好きじゃなかった。



「タマンサ、こっちへ来てくれ!」

 別の所から声がかかる。

「は~い、直ぐ行きます」

 返事と共にタマンサは声のした方へ動きながら、

「また後で」

 お妃様に軽く手を振ると小走りに去って行った。

「忙しい子だね」

 と言いつつ自分もタマンサと同じくらいに忙しい事を思い出して、

「さてと、もう一踏ん張りするかね」

 立ち上がると、

「ほらそこ、仕事遅れてるじゃない。そんなんじゃ、夜まで間に合わないよ!」

 周りにハッパをかけて歩く。



「マオ、何してるの?」

 キティーは、マオが隅の方で何やらブツブツ言っているのを見つけて声をかけた。

「これか?タマンサにステージが始まって予が登場する時にな、この台詞を言えと言われたのじゃ」

 タマンサに渡された原稿を見せる。

「これを覚えていたの?」

「そうじゃ」

 キティーは原稿とマオを何度か見比べて、

「ねえマオ、聞いていい?」

「なんじゃ、答えられることなら答えるのじゃ」

 ちょっと偉そうに返事をしたマオは、キティーの質問を聞いて凍り付くことになるのだった。


                      (Copyright2024-© 入沙界南兎(いさかなんと))

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