外伝1「さすらいの勇者1ー124」
逃げてきた魔法使い達の後から現れた魔獣の内の一匹が、食堂に入ってくるなり魔法使いに向かって牙を剥き跳びかかる。
魔獣が魔法使いの背中を捉えよと勢いよく宙を跳ぶが、唐突に生じた虹色に輝く光の壁がそれを阻む。
ギャイン
魔獣が情けない声を上げて弾き返された。
「間に合った」
タマーリンに貰った指輪をはめた腕を前にかざしながらサビエラがほっとする。
他の魔獣達も何度か虹輝障壁に向かって跳びかかるが、やはり虹輝障壁の前になす術なく弾き返されてしまう。
魔獣達はしばし、虹輝障壁の前でどうしたものかとうろつく。
その間に魔術使い達は食堂の扉を抜け、奥へと逃げ込んでいた。
「貴女も速く」
食堂のスタッフが声をかけたが、サビエラは動こうとしなかった。
魔獣の飛びかかってくる姿があまりにも恐ろしくて、完全に足がすくんでしまったのだ。
「ど、どうしよう、足が動かない」
焦るサビエラ。
スタッフ達の、
「早くこっちへ」
の声は聞こえるのだが、足がどうしても動いてくれない。
それがサビエラを救った。
もし、逃げるために虹輝障壁を消して背中を見せていれば、魔獣の餌食になっていただろう。
王都で育ったサビエラは、獣に背中を見せて逃げてはいけないと言う事を知らないのだから。
そして魔獣達の攻撃が再び始まった。
今度は無闇に飛びかかってくるのではなく、体当たりで虹輝障壁を壊そうという動きだ。
「切ったらダメだ」
虹輝障壁を切ったら間違いなく、魔獣の餌食になる。
もう虹輝障壁を切って逃げる段階ではなくなってしまったのだ。
「わたしの事はいいから、逃げて!」
覚悟を決めたサビエラが、絶叫に近い声で叫ぶ。
「しかし・・・」
スタッフは躊躇するが、
「いいから早く、あなた達だけでも助かって」
悲痛な声にスタッフはサビエラに一礼して扉を閉めた。
食堂に一人取り残されるサビエラ。
「どうしよう、どうしよう」
完全に焦っていた。
魔獣達は容赦なく体当たりをして虹輝障壁を破壊しようとしている。
その姿があまりにも恐ろしく、サビエラは何もかも放り出して逃げ出したかった。
それはもう出来ないのだ。
虹輝障壁を切った瞬間に、魔獣達は一斉にサビエラに襲いかかってくるだろう。
助かる見込みなどない。
「助けてタマーリン様」
タマーリンの名前を呼ぶ。
来るはずもない、今朝、船に乗って飛んでいくのを見送ったのだから。
ふと、虹輝障壁の色が薄くなっているのに気がつく。
「あまり長くは使えないですわよ」
と言うタマーリンの言葉を思い出す。
「この障壁、もう長く保たないの・・・?」
いよいよ自分の最後が近づいてきたのだ。
そう思った瞬間、無茶士の顔が頭に浮かんだ。
「いや、いや、いや、いや・・・わたしまだ、無茶士さんに好きだって言ってないもん!」
サビエラが魂の叫びを上げた。
その叫びと同時に、食堂の壁が吹き飛んだ。
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