外伝1「さすらいの勇者1ー122」
「ギリ、あれっ」
最初に気がついたのはキマシだった。
迫り来る魔獣が怖くて耳を塞ぎギリの身体に顔を押しつけていたのだ。
偶然、顔を上げたときに、それが目に入った。
ギリが振り向く。
砦の方に虹の柱が立っているのが見えた。
「まずいよ、今は身動き取れない」
防御陣の両側は完全に魔獣の侵入を許してしまい、後方は混乱状態だ。
第二陣が第一陣の後方を守るように展開しているので被害はないが、逃げ場を失い孤立状態になっているのだ。
目の前ではモリノクが魔力回復の飴をむさぼり食いながら、虎次郎の怪我と疲労回復の魔術をかけまくっていた。
回復飴はゆっくり口の中で溶かした方が効果が出るようになっているので、むさぼり食っても意味が無いのだが、それだけ真剣だったので誰も止めない。
虎次郎が魔獣の死骸ごと切り飛ばすようになり、虎次郎の前は視界が開けていた。
「モリノク、もういい。逃げる準備をしておけ」
虎次郎が低く叫ぶ。
「キマシ、しばし時間が欲しい。俺の前に沼をばらまいてくれ」
迫り来る魔獣を蹴散らしながらキマシに叫ぶ。
「うん」
キマシの返事に、ギリはどこに作るか素早く考え、狙いを定める。
「じゃ、いくよ」
ギリのナイフが投げられ、その着地点にキマシが沼を作る。
キマシが詠唱硬直をしている間に、ギリはキマシの口に飴を放り込む。
放り込まれた飴を口の中で転がし、詠唱の邪魔にならないように頬の方にやってから新たに投げられたナイフの着地点目掛けて次の沼を作った。
魔力の限界まで沼を作ったキマシは、
「もう無理、立ってるの辛い」
杖にすがりつきながら、その場にヘナヘナと座り込む。
「モリノク、虎次郎はいいからキマシを頼む」
チェンが叫ぶ。
「う、うん、判った」
モリノクが巨体を翻してキマシに駆け寄ると、魔力を回復させる。
「目覚めよ白炎」
「御意」
虎次郎の頭の中に声が響く。
その瞬間、砦近辺にいた術士全てが不思議な感覚が通り過ぎていったのを感じた。
虎次郎達の戦っている上空を超高速で飛ぶタマーリンも、
「あらあら。やっと本気になりましたのね」
とほくそ笑み、
王都の城下で働くクロも、
「虎次郎、あの刀の封印を解くのですね。あんなモノは使わないで済めば、それが一番なんですけどね」
と溜め息をつくと仕事に戻った。
「封印を二つ解く」
「宜しいので?」
「構わぬ」
「御意」
五つある封印の内、まだ二つしか解けない自分を苦々しく思いながら、虎次郎は封印が解かれるのを待つ。
封印を全て解くための修行のために故郷を後にし、その旅の半ばで力尽きミケラに助けられたのだった。
その恩を返すためにミケラの護衛を引き受けたのだが、いつしかミケラの事を自分が生涯仕える主と思うようになっていたのだ。
ここで自分が踏ん張らなければ、ミケラに害が及ぶかもしれない。
虎次郎は気合いを入れ直す。
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