外伝1「さすらいの勇者1ー37」
土埃の下に、黒い塊が見える。
「これを」
シルフィーナに望遠鏡を手渡され、無茶士はそれを使って黒い塊を見る。
「うげっ」
塊を望遠鏡で見た無茶士は、そのおぞましさに思わず声を出してしまう。
黒いオオカミが群れを成して走っているのだが、全てのオオカミ達の目が尋常ではなかったからだ。
無茶士は犬が好きで元の世界の配信サイトで犬の動画をよく見ていた。
犬の表情からある程度感情も判るのだが、無茶士の知るどの犬よりも狂気に満ちた目をしていたのだ。
「あの黒いオオカミ、もの凄く変です。見ているだけで怖くなります」
無茶士の感想に、
「その通りよ、魔獣達は狂わされているの。命のある限り、目の前にある生き物を襲い殺す。ただそれだけの為に走っているのです」
シルフィーナの説明に、
「だ、誰が狂わせているんですか?」
「魔主です、魔獣の中に数年に一度生まれる存在で、その魔主が魔獣達を狂わせ暴走させているのです」
「もしかして、その魔主を倒せば暴走が止まるんじゃ?」
キマシが割り込んできた。
「ええその通りです」
「でも、そう簡単にいかないから困っているのよねシルフィーナ」
タマーリンがその後をフォローする。
「魔主は魔獣の後方にいるので、魔主を倒す為には魔獣を蹴散らさなければならないのです」
シルフィーナは目を伏せ、
「魔主に狂わされているだけなので可愛そうでは有りますが、我々の後ろには多くの一般市民がいますから。市民に犠牲を出さない為にも、一匹たりとも通すわけにはいかないのです」
この砦から一番近い街はケットシー王国の王都だ、抜かれれば一番被害を受けるという事になる。
王都の防衛の要となるのがタマーリンなのだが、そのタマーリンすら砦に送り出さなければならない程、戦況は逼迫しているという事なのだ。
前方を監視していたギリが警報を発した。
「飛行型の魔獣が数体、こっちに来るよ」
咄嗟にシルフィーナは無茶士から望遠鏡を奪い、前方を確認する。
「飛行型十体!」
シルフィーナはタマーリンの方をチラッと見る。
「そのくらいの数の魔獣なら、わたくしの出番は有りませんわ」
ニコッと微笑む。
シルフィーナはやれやれという顔をしてから、
「いいわ、あなたには魔力を温存していて貰いたいから、わたしがやります」
前方を睨むと、
「風の剣」
腕を一振りすると半透明の剣がシルフィーナの前に五本出現した。
「あんな短い詠唱で五本も風の剣を出した」
キマシが目を丸くして驚く。
「行け」
命令と共に風の剣は飛行型魔獣目掛けて宙を飛ぶ。
「散」
かけ声と共に宙を飛ぶ風の剣がふたつに分かれ、十本になる。
「うぉぉぉ、凄い、凄い」
感動し、はしゃぐキマシ。
魔獣達も飛んでくる風の剣を避けようと方向を変えたが、剣もその動きに合わせて軌道を変えていく。
魔獣と剣の攻防がしばらく続いたが、一匹、また一匹と翼を貫かれて全ての魔獣が地上に叩き付けられるのにさほど時間はかからなかった。
「邪魔者は片付けたわよ」
シルフィーナは警戒を解かずにタマーリンに声をかける。
「ご苦労様、ではわたくしもお仕事をしましょうかしら」
タマーリンが船の舳先の方へと進む。
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