外伝1「さすらいの勇者1ー19」
タマーリンがのんびりと来た道を戻っていくと、道の先の方で息を切らせたサビエラがしゃがみ込んで苦しそうにしているのを見つける。
「サビエラ、大丈夫ですか?」
タマーリンに声を掛けられ、慌てて立ち上がり苦しそうに咳き込むサビエラ。
「慌てなくても大丈夫ですよ、これをお使いなさい」
ハンカチを出してサビエラに渡す。
「あ、げほっげほっ、ありがとうございます」
受け取ると、サビエラはハンカチで口を押さえる。
「取り敢えず、あそこに座りましょう」
近くのベンチで座る事をタマーリンは提案し、サビエラも大人しくそれに従う。
訓練で疲れた兵士の為だろうか、砦内の方々にベンチが置かれており、タマーリン達が座ったのもそのひとつだ。
見える範囲内の殆どのベンチが新しいので、魔獣に壊されてケットシー達がまた新しく作り直したのだろう。
「ここまで、魔獣が入ってきたという事ですわね」
タマーリンは僅かに顔をしかめ、サビエラの咳が落ち着くのを待つ。
「落ち着きまして?」
「はい、ありがとうございました。それとハンカチは洗ってお返しします」
「うふふ、いいのよ。そのハンカチはあなたに差し上げますわ」
タマーリンの申し出にサビエラは驚く。
「頂けません、こんな高価な物を」
そのハンカチはサビエラが使っている安物のハンカチとは作りがまるで違う。
ハンカチの周りに手の込んだレースがなされ、一見無地のように見えるハンカチ全体に同色の糸で見事な刺繍が施されていた。
しかも触った感触は刺繍されているとは思えない程に柔らかく、安物のハンカチとは比べものにならない触り心地だったのだ。
「下手すると魔法が掛かっているかも、それならわたしの給料より間違いなく高いよ」
そんな事を思ってしまうと、素直に受け取るわけにはいかなかった。
「いいのよ、下僕を労うのもたまには必要ですもの。わたくしなりの感謝だと思って、受け取って頂戴」
サビエラを下僕と言い切ってしまうタマーリン。
猫が人間を下僕扱いするのは、その人をそれだけ信頼しているからの証なのだ。
ケットシーも猫の性質を幾つか持っていて、信頼する相手を下僕認定するのもそのひとつだった。
ケットシー王国の最終兵器とまで言われるタマーリンに下僕認定されるのと言うのは、タマーリンにそれだけ信頼されていると言う事。
「ありがとうございます、遠慮なく頂きます」
サビエラはハンカチを自分のポケットにしまう。
(Copyright2023-© 入沙界南兎)