外伝1「さすらいの勇者1ー17」
「おう、タマーリン。久しいのう」
ドンが声の主に手を振る。
「あらドン、お久しぶりですわね」
タマーリンも笑顔で手を振り返した。
「ところで無茶士、わたくしに挨拶は無いのかしら」
タマーリンがしゃなりしゃなりと歩いて無茶士に近寄り耳元に囁く。
「そ、そう言う事は止めて下さい。誤解されますから」
ギリとキマシが毛虫でも見るような目で無茶士の方を見ている。
タマーリンは背も高く、巨乳派の無茶士がつい見入ってしまう程の豊かな膨らみを持ち、そしてかなりの美人と来ている。
そんな美女が無茶士の耳元で囁いている姿を見せられれば、誤解をするなという方が無理だろう。
「誤解って何かしら?わたくしと無茶士の間で、誤解されるような事なんてありませんですわよねぇ」
タマーリンが甘ったるい声でワザと周りに聞こえるように話し掛けてくる。
ギリとキマシが「その場で死んでしまえ」と言わんばかりの、殺気のこもった視線を向けてきていた。
「止めて下さい、そんな言い方されると俺とタマーリンの間で何かあったように聞こえるじゃないですか」
無茶士はこの場を何とかしようとしたが、
「ひ、酷いですわ。あの事は遊びだったのですね、わたくしの事を弄んだのですね」
その場に泣き崩れるタマーリン。
ケットシーながら絶世の美女と呼ばれるのに相応しいタマーリンが泣き崩れたのだから、ギリやキマシ以外からの視線もかなり痛かった。
「いい加減にしろ、この魔女が!」
怒鳴る声が響く。
「あらサンチョじゃない、折角面白くなってきたのに」
怒鳴ったのはサンチョだった。
さっきまで泣いていたのが嘘のようにケロッとした表情でタマーリンが立ち上がる。
「そこのお嬢ちゃん達、安心なさいな。このヘタレがわたくしに変な真似なんて出来ませんわ」
勝ち誇ったように高笑いをする。
「タマーリンに手を出すなんて命が幾つあっても足りない」
無茶士は本気でそう思っていた。
タマーリンの実力は身をもって知っている、本気になったタマーリンに勝てる自信など微塵もない。
それほどに怖い存在なのだ。
タマーリンの悪ふざけを止めてくれたサンチョに、心の底から感謝すると同時に、その場にへたり込む。
「心臓に悪いよ本当に」
ほっとして腰が抜けたのだった。
当のタマーリンは、
「そこのあなた」
タマーリンがキマシを見る。
「わ、わたしですか?」
キマシがキョドリながら自分を指さす。
「そう、あなた。さっきの詠唱良かったですわ、いつでもいいので魔法部隊の方へ遊びにおいでなさい。歓迎致しますわ」
魔法部隊は攻撃魔法で魔獣の数を減らす部隊で、この砦の主力だ。
魔獣は兎に角数が多いので、攻撃魔法で数を減らし、突撃部隊が迎え撃つ戦い方で百年以上続く魔獣との戦いを凌いできた。
言わば砦の花形部隊なのだ。
「わたし、攻撃魔法は得意じゃにので・・・」
「攻撃魔法だけが魔法ではなくてよ、それはあなたがよく知っているでしょ」
タマーリンはコロコロと笑う。
「魔法部隊には良い指導者もいますから、魔法に磨きを掛けたいならおいでなさいな」
「はい、後ほどお伺いさせて頂きます」
タマーリンがどうして自分を誘ってくれたかようやく理解したキマシは、タマーリンの誘いに乗る事にしたのだ。
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