外伝1「さすらいの勇者1ー4」
「よし、わしが上な」
二段ベッドの上に上がろうとするドンの頭を力の限りサンチョが掴む。
「あだだだ、ちょっと待て、わし、お前の主人じゃぞ」
抗議するドンに、
「あんたのその身体で上がり損なって下に落ちたら、床に穴が空くでしょうが」
ドスの利いた声でドンの耳元に囁くサンチョ。
「ひえぇぇぇ、判った、判ったから手を緩めてくれ」
涙目で訴えるドンの頭を掴んでいる手の力が緩む。
「ホント、旦那様は物わかりが良くて助かります」
朗らかに笑うサンチョ、その横で武茶士は「なんなんだ、この二人?」と訳がわからないとばかりに苦笑いをしていた。
サンチョが上、その下のベッドをドンが使うことになり、武茶士は空いている方のベッドの下を使うことにする。
「ベッドがもう一つ空いているけど、誰か来るのかな?」
「さあ、判らないですねぇ」
「後で虎次郎に聞いてみるかのう」
などと話しているうちに、外で鐘の音が鳴り響いた。
「なんだ?」
驚く武茶士。
「起床の合図ですよ、こちらの世界では割と一般的なんですよ鐘を使うのは」
この世界にまだ馴れていない武茶士の為に、サンチョが説明してくれた。
「それよりですね、起床と言うことは・・・」
「直ぐに飯じゃ、食堂へ行くぞ」
「成る程」
ドンの後に続く武茶士。
「おい待てよ、そっちは違うだろ」
虎次郎が示した方向と逆の方に行こうとする二人をサンチョが呼び止める。
「何を言っておるのじゃ?」
「虎次郎はこっちって言っていたじゃないですか」
抗議する二人の襟首をむんずと掴んで、サンチョは二人の行こうとしていた方向と逆の方向へ歩き始める。
「何をするんじゃサンチョ、わしはお前の主人じゃぞ。もっと敬意を払うのじゃ」
「そうですよ、俺たちは食堂に行くんです。何故、反対方向に行こうとするんですか」
叫く二人を無視して、サンチョは二人を食堂の方へ引きずっていく。
武茶士達の入っている部屋の前の廊下には他にも部屋が幾つかあったが、誰も出てくる様子は無かった。
廊下は途中の角で曲がっており、その角を曲がると部屋からぞろぞろと出てくる人々に出くわす。
「あっ、おはようございます・・・ドンさん、サンチョさんお久しぶりです」
部屋から出てきたスキンヘッドの大男がドン達に気がついて挨拶してくる。
ケモ耳も尻尾も無いので人間だろう。
「ヒットさん、お久しぶりです」
「おおヒットか、久しいのう」
ドン達もヒットと呼ばれた男に挨拶を返す。
「そちらの方は?初めてお会いするような」
身体は大きいが、物腰に礼儀正しさを武茶士は感じた。
それによく見れば顔に愛嬌がある。
「なんか、この顔見覚えるがあるな?」
どこで見たか思い出そうとしたが思い浮かばず、諦める。
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